『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『絵が殺した』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(あ行), 黒川博行

『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版

富田林市佐備の竹林。竹の子採りに来た地元農家の主婦が発見したのは、白骨化した死体でした。被害者は、京都伏見の日本画家・黒田理弘であることがすぐに判明します。

溺死したはずの黒田が、富田林の山中に埋められていた・・?!

前年の夏、黒田は丹後半島で写生中に崖から転落して海に落ち、死亡したものと推定されていました。但し、状況証拠は揃っているものの目撃者はなく、死体も未発見のままで、失踪したとされていたのですが、状況は一変します。
・・・・・・・・・・
おなじみの大阪府警シリーズ、捜査一課深町班の名コンビが活躍する”笑える警察小説”です。
吉永誠一こと誠やんと限りなく頼りない小沢の凸凹コンビの他に、今回はもう一人”笑える”人物が登場します。捜査の過程で二人が知り合う美術ブローカー、矢野昭峩堂の矢野伊三夫なる正体不明のオヤジです。

この矢野がやたら胡散臭い。そもそもやってる商売が怪しげで、話の半分はくだらない冗談、警察官である吉永や小沢を意に介さずものを言います。誠やんと矢野のやり取りが笑えるのですが、このオヤジ頭の回転は速く業界の事情通でもあるのです。誠やんたちは、画廊や画商、美術ジャーナリストたちが絵画の売買を廻って暗躍する画壇、美術業界の裏事情を矢野から教わりながら捜査を進めて行きます。

この小説のテーマは、絵画の贋作です。ご存じの方も多いと思いますが、黒川博行は美大出身で小説家の前は高校の美術の先生だったのです。専門は彫刻ですが、奥さんは日本画家の黒川雅子女史なのです。黒川博行にとってオハコのジャンルで、素人には縁遠い絵画の世界について学べる小説にもなっています。

蛇足ついでに、超一流の日本画家で「五山」と言えば誰のことかご存じですか?
東山魁夷、杉山寧、高山辰雄、平山郁夫、加山又造...この5人のこと、らしいです。
私、3人知ってました。じゃなくて、3人しか知りませんでした。勉強になります。
・・・・・・・・・・
高名な日本画家・奥原煌春の贋作が出回り、やがて作者が黒田理弘らしいことが明らかになります。黒田は美術ジャーナリストの蒲池章太郎に贋作を預け、更にその贋作は美術年報社の細江仁司へと渡ります。年鑑屋の細江は、美術商・仁仙堂の社長でもありました。

凸凹コンビは、矢野と連れ立って美術年報社を訪ねるのですが、細江は数日前に家を出たきり行方が知れず警察に捜索保護を願い出ようかという事態の只中でした。
その細江のベンツが金沢で発見されてから間もなくして、今度は細江自身が七尾線能登部駅付近の山中で死体となって発見されます。死因は青酸中毒死、署内は自殺か他殺かで議論が分かれます。

生前の細江が、銀閣寺近くの喫茶ラウンジ・ルーモアで密かに洛秀画廊のオーナー・熊谷信義と会っていたことを誠やんと小沢はつきとめます。そもそも京都勧業館の展示即売会で、煌春の贋作を見抜いたのは熊谷でした。熊谷が以前から黒田の絵を買っていたことは判っていましたが、細江との関係が判然としません。
・・・・・・・・・・
大手一流画廊の洛秀が、三流画家である黒田理弘の絵を長らく買い続けている意味とは。
細江が、黒田の描いた煌春を熊谷に売りつけようとした本当の理由とは何なのか。

あとは熊谷を追いつめるだけとなった矢先、誠やんは捜査本部から熊谷が自殺したことを知らされます。場所は山口県長門市、青海島中泊の別荘で熊谷信義は感電死していました。

物語はこれで中盤過ぎたくらいです。まだまだ事件の真相に辿り着くまでには時間を要します。今回の事件は、実は20年前に起きた同様の贋作事件が大きく関係しています。黒田や熊谷、細江の他にも過去の事件に関わった人物がいます。矢野伊三夫もその一人でした。

前半は画廊や画商といった美術商がやたらと登場します。洛秀、仁仙堂といった字面は、学生時代を京都で過ごした私にはいかにも実在しそうな名で嬉しいのですが、それぞれの繋がりをよく理解しながら読まないと混乱しそうになります。黒川博行はそれをわきまえて丁寧に説明してくれていますので、しっかり把握してください。

そうそう、あまり良い役どころではないのですが、黒田理弘の奥さんの名前憶えてます?
黒田雅子・・・黒川博行の奥さんは黒川雅子、最初読んだとき奥さんの名前使ってるのかと思ってびっくりしました。これ絶対確信犯ですよ、パチったの。

後半は、一転トリックの謎解きです。何の謎解きかは言わないでおきます。いつものごとく、一気呵成にラストへと向かうクライマックスは本編でお楽しみください。

疫病神シリーズの『破門』が直木賞を受賞しましたので、昨今はそちらの方が注目されがちですが、大阪府警シリーズや美術・古美術関連を題材にした作品も負けないくらい面白い話です。ぜひ、手に取ってみてください。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆黒川 博行

1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。

京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。

スーパーの社員、高校の美術教師を経て、専業作家。無類のギャンブル好き。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「キャッツアイころがった」「カウント・プラン」「疫病神」「悪果」「文福茶釜」「国境」「暗礁」「螻蛄」「破門」「後妻業」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『屋根をかける人』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『屋根をかける人』門井 慶喜 角川文庫 2019年3月25日初版 明治38年に来日

記事を読む

『王国』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『王国』中村 文則 河出文庫 2015年4月20日初版 児童養護施設育ちのユリカ。フルネーム

記事を読む

『だから荒野』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『だから荒野』桐野 夏生 文春文庫 2016年11月10日第一刷 46歳の誕生日、夫と2人の息子と

記事を読む

『猿の見る夢』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『猿の見る夢』桐野 夏生 講談社 2016年8月8日第一刷 薄井正明、59歳。元大手銀行勤務で、出

記事を読む

『青が破れる』(町屋良平)_書評という名の読書感想文

『青が破れる』町屋 良平 河出書房新社 2016年11月30日初版 この冬、彼女が死んで、友達が死

記事を読む

『えんじ色心中』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『えんじ色心中』真梨 幸子 講談社文庫 2014年9月12日第一刷 ライターの収入だけでは満足

記事を読む

『カゲロボ』(木皿泉)_書評という名の読書感想文

『カゲロボ』木皿 泉 新潮文庫 2022年6月1日発行 気づけば、涙。TVドラマ

記事を読む

『藍の夜明け』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『藍の夜明け』あさの あつこ 角川文庫 2021年1月25日初版 ※本書は、2012

記事を読む

『いちばん悲しい』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『いちばん悲しい』まさき としか 光文社文庫 2019年10月20日初版 ある大雨

記事を読む

『ウィメンズマラソン』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『ウィメンズマラソン』坂井 希久子 ハルキ文庫 2016年2月18日第一刷 岸峰子、30歳。シ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑