『折れた竜骨(上)』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『折れた竜骨』(米澤穂信), 作家別(や行), 書評(あ行), 米澤穂信

『折れた竜骨(上)』米澤 穂信 東京創元社 2013年7月12日初版


一人の老兵の死から、この長大な物語は始まります。
時は12世紀末、ヨーロッパ・ブリテン島の東、ロンドンから出帆し北海を3日も進んだあたりにある大小2つの島・ソロン諸島がこの小説の舞台です。第64回日本推理作家協会賞を受賞した異彩のミステリーです。

物語はソロン諸島の領主・ローレント・エイルウィンの娘・アミーナの視点から描かれます。アミーナはある日、放浪の旅を続ける騎士・ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年・ニコラ・バゴに出会います。ファルクはアミーナの父であるローレントに向かって、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げます。
・・・・・・・・・・
忠実な従者だった老兵・エドウィーの死後、領主のローレントは傭兵を集め始めます。その目的は、デーン人との戦いに備えるためでした。デーン人は伝説のヴァイキングで、優れた航海術を駆使して、多くの村々で略奪を繰り返していました。しかし、そのことは今では昔語りになっていたのですが、ローレントはデーン人の来襲を予見していたのです。

集められた傭兵達やソロンの騎士にデーン人の脅威を語った日の夜、一人作戦室に残ったローレントは、翌日殺害された姿で発見されます。周囲の状況から考えて、犯人は前日作戦室にいた人物意外には考えられません。但し、作戦室がある屋敷は小ソロン島にあり、傭兵達はソロン島へ戻った後でした。2つの島を夜の間に行き来するのは激しい潮流のせいで不可能なことです。小ソロン島は、昼間に東側からのみ舟で渡れる自然の要塞でした。

この謎に挑むのが、聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士・ファルクと、その従士のニコラ少年です。ファルクの目的は、暗殺騎士を追い詰めることでした。暗殺騎士とは、かつて兄弟団を分裂せしめた裏切り者で、サラセン人の邪な魔術を身につけており、ファルクは彼らを地の果てまでも追って討ち果たすよう命じられていたのです。

ローレントは、暗殺騎士の魔術、それも最も卑劣な術【強いられた信条(モットー)】によって殺害されました。暗殺騎士がこれと見込んだ人間の血を手に入れ、銀の短剣に塗り、鉛の皿に満たした葡萄酒に浸けることで、血の主が暗殺騎士の手先<走狗(ミニオン)>となる、つまり暗殺騎士の身代わりとして何者かが殺人の実行犯となるわけです。しかも、当の<走狗>は自分のしたことを忘れてしまうのです。まさに悪魔のような術なのです。

ここで、疑われるべき人物を整理しておきましょう。作戦室に集められた傭兵達、ソロンの騎士、その他の関係者を含めて全部で8名です。
まず、アミーナ・エイルウィン。
家令の、ロスエア・フラー。
従騎士の、エイブ・ハーバード。ここまでは、身内ですね。
そして、
ザクセン人で、主君を持たない遍歴騎士、コンラート・ノイドルフィー。
ウェールズ人の、超人的な弓手、イテル・アブ・トマス。
マジャル人の女性戦士、ハール・エンマ。
サラセン人で、青銅の人形を操る魔術師、スワイド・ナズィール。
イングランド人の吟遊詩人、イーヴォルド・サムス。

この中にローレントを殺した<走狗>がいるのです。

アリバイの確認作業に大きな障害になる筈だった、小ソロン島の自然が作った密室状態の盲点もファルクは難なく解明してみせます。11月から12月にかけて1年で最も潮位が下がる時期の7日間だけ、波の下から歩いて渡れる道が姿を現すことをファルクは見抜きます。

老兵・エドウィーが暗殺騎士に殺された理由も、彼がその事実を知った上で夜間の警備を担当していたからでした。ファルクは、エドウィーの死が暗殺騎士の手によるものに違いないと考えて、ソロン島にやって来たのでした。

アミーナは、小ソロン島へ歩いて渡れる日があることを知っていながら秘密にしていました。ファルクから指摘され、他にも隠している秘密があるのではないかと問い詰められます。西の館に立つ塔に、呪われたデーン人の捕虜がいること。呪いによって彼は不死となり、20年も幽閉されている...アミーナは、もう一つの秘密を打ち明けます。

幽閉されている男の名は、トーステン・ターカイルソン。20歳ぐらいの、長身の男です。
彼が幽閉されている部屋の扉は20年間、一度も開けられることはありませんでした。そして、今も開かれてはいません。しかし、部屋にいるはずのトーステンは、昨夜のうちに牢獄から消えてしまっていたのです。

以上が『折れた竜骨(上)』の概要です。少し補足をすると、再三登場する「暗殺騎士」の名前はエドリック、実はファルクとは兄弟なのです。ニコラ少年の父も、別の暗殺騎士の罠に嵌り汚名を着せられるという過去がありました。このことが後半の物語に影響があるのか、ないのか、それは読んでのお楽しみということで。

いよいよ、ここから本格的な<走狗>捜しが始まります。その経過は『折れた竜骨(下)』にて解説致します。

『折れた竜骨』下巻の感想文へ

この本を読んでみてください係数 90/100


◆米澤 穂信

1978年岐阜県生まれ。

金沢大学文学部卒業。

作品「氷菓」「心あたりのある者は」「インシテミル」「追想五断章」「満願」他多数

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