『ジオラマ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/08/20 『ジオラマ』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(さ行), 桐野夏生

『ジオラマ』桐野 夏生 新潮エンタテインメント倶楽部 1998年11月20日発行


ジオラマ (新潮文庫)

 

桐野夏生が好きである。

初めての短編集『錆びる心』の翌年に刊行された、著者2冊目の短編集です。
冒頭の一編「デッドガール」の主人公・カズミは、昼間はOLとして働き夜には街娼として街角に立っています。これは、時を同じくして世間を騒がせた東電OL殺人事件の被害者像そのもので、数年後に発表される長編『グロテスク』の原型と考えてよいと思います。
そんな興味もあって読み出したのですが、全編を通して生々しく人間の本性を抉る、これぞ桐野ワールドの集合体です。

「デッドガール」
嫌な臭いについ顔を背けたカズミに、自分が臭いとなじられたように感じた男は、不機嫌にベッドから降ります。カズミは、男の肉体を無表情に眺めています。すべての男の肉体が滑稽で醜い。見知らぬ男が裸になるたびに、カズミはつい目を背けてしまいます。
会社では地味で暗いと噂されているカズミですが、自分を買った男の劣等感と軽蔑の入り交じった表情は死ぬほど嫌いで、激しい憤怒の感情を持て余し内心じりじりしています。
男から貧乏臭いと言われること、冴えないと蔑む男から金を貰って寝ること自体にひりついた屈辱を感じていることを、カズミは認めたくないのです。

部屋の入口に若い女が立っていて、こちらを見ているのに気付いて、カズミは小さな悲鳴を上げます。どう見ても娼婦に思える女は、勝手に部屋へ入り込んでカズミと話し始めるのでした。男はシャワーをしていますが、女は気に留める素振りもありません。

カズミは、自分が正直に喋っていることに驚いています。女はまるでカズミの影法師のようで、カズミが忘れていたい部分をくっきりと現す存在のようでした。娼婦になった経緯、相手にする客のこと、身の上話や過去の男のこと...。女がいることを承知しているように、男が浴室から出てくる気配はありません。
・・・・・・・・・・
「六月の花嫁」
健吾は同性愛者でした。貴子の希望通り6月に結婚式を挙げますが、偽りの生活は長くは続きません。貴子に本当の気持ちを伝え、ネットで知り合った雅義に会いに行きます。

「蜘蛛の巣」
電話の相手は高校の同級生だと言うのですが、百合絵には全く憶えのない名前でした。ツチイと名乗るその女性は、なぜか百合絵のことをとても詳しく知っているのでした。

「井戸川さんについて」
心から尊敬する空手道場の先輩・井戸川さんが急死したと聞き、綾部はとても驚きます。
綾部は井戸川さんが亡くなる際の様子を知ろうと、彼の勤め先を訪ねます。

「捩れた天国」
日独ハーフのカールは、ベルリンで日本人観光客相手のガイドをしています。今回の客はソノダという名の女性で一人旅。彼女の目的はドイツ観光ではなく、人探しでした。

「黒い犬」
カール・有理・リヒターが久しぶりに日本に帰ってきたのは、母親である路子の結婚式に参列するためでした。両親が離婚したときカールは日本に残ったのですが、しばらくしてドイツに戻っていたのです。懐かしい家に戻ったカールは、忘れていた昔を思い出します。

「蛇つかい」
人生には予想もつかないことが起こる・・・。ふと夫が洩らした「今日は鰹が食べたい・・・」という言葉に、睦美は驚いて夫の顔を見直します。夫は、魚が嫌いなはずでした。

「ジオラマ」
昌明は地元の地方銀行・N銀行の本店に勤務するサラリーマンで、妻の美津子と子供が二人のマンション暮らしです。新人の歓迎会から帰ると、美津子から意外なことを聞かされます。子供の足音や掃除の音がうるさいので何とかしてくれと、階下の住民からクレームがあったと言うのです。
クレームの主・岩切千絵は、髪を真っ赤に染めた、原色混じりの服を着た派手な女でした。
N銀行が倒産するかも知れないと聞いた日の帰り、昌明はマンションのエレベーターで偶然千絵と乗り合わせます。千絵に釈明しようとする昌明ですが、それなら実際に部屋に来て確かめればいいと、千絵は昌明を誘うように言います。わが家の騒音を確かめるという目的が、いつの間にか一人暮らしの女性の部屋を見てみたいという好奇心にすり変わっていることに昌明は気付いていました。

「夜の砂」
男は私の体を丹念に探り続け、病室に夜明けの光が射すと、いつの間にか姿を消した。彼の名前は「死」、あるいは「私」。78歳の私は、もうじき死ぬのです。
・・・・・・・・・・
「ジオラマ」「夜の砂」の性描写は圧巻です。似たような文章は山ほどありますが、桐野夏生が書くとなぜあれほどまでに切実でリアル感に溢れた文章になるのか、よく考える必要があります。性描写に限らず、桐野夏生が書く小説は圧倒的なリアリティーが最大の魅力です。人間が本来持ち合わせている邪悪なもの、悪意に惹かれる心、堕ちることを承知しながらも止まない衝動、それらを正面に据えて目を逸らさない著者の姿勢に脱帽するばかりです。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


ジオラマ (新潮文庫)

◆桐野 夏生

1951年石川県金沢市生まれ。父親の転勤で3歳で金沢を離れ、仙台、札幌を経て中学2年生で東京都武蔵野市に移り住む。

成蹊大学法学部卒業。24歳で結婚。シナリオ学校へ通い、ロマンス文学やジュニア文学、漫画の原作などを手がける。

作品 「顔に降りかかる雨」「OUT」「グロテスク」「玉蘭」「残虐記」「魂萌え!」「東京島」「IN」「ナニカアル」「ハピネス」「だから荒野」「夜また夜の深い夜」他多数

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