『消滅世界』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『消滅世界』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村田沙耶香

『消滅世界』村田 沙耶香 河出文庫 2018年7月20日初版

世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍的に発達した、もう一つの日本(パラレルワールド)。人は皆、人工授精で子供を産むようになり、生殖と快楽が分離した世界では、夫婦間のセックスは 〈近親相姦〉 とタブー視され、恋や快楽の対象は、恋人やキャラになる。
そんな世界で父と母の 〈交尾〉 で生まれた主人公・雨音。彼女は朔と結婚し、母親とは違う、セックスのない清潔で無菌な家族をつくったはずだった。だがあることをきっかけに、朔とともに、千葉にある実験都市・楽園(エデン) に移住する。そこでは男性も人工子宮によって妊娠ができる、〈家族〉 によらない新たな繁殖システムが試みられていた・・・・・・・日本の未来を予言する衝撃の著者最高傑作。(アマゾン内容紹介からの抜粋)

セックスなんて昔の交尾の名残  よくできるわね、あんな汚いこと・・・・・・・

その時代にあっては、むしろ否定する側の人間が異端視される -  恋愛の観念は著しく異なったものになり、セックスは嫌悪され、かつてそれはどんな方法で為されたのか - 、もはやそれさえも忘れ去られようとしています。

「かつての時代」 の象徴が雨音の母で、幼い頃、終始雨音は母からこんな話を聞かされます。

「お父さんとお母さんはね、とっても好き合ってたの。恋に落ちて結婚して、愛し合ったから雨音が生まれたのよ」
「雨音ちゃんも、いつか好きな人と愛し合って、結婚して、子供を産むのよ。お父さんとお母さんみたいに。そして、愛する二人で、大切に子供を育てるの。わかった? 」

雨音が大人しく話を聞いていると、母はとても機嫌がよかった - その頃の雨音にとって母の言葉は絶対で、母の与える 「正しい世界」- 彼女はそれを全身で吸収しながら育ちます。

- ところが、

自分がちょっと変わった方法で受精された子供だと知ったのは、小学校四年生の性教育の授業のときだ。明日が性教育だという日、母は茶色く変色した古い本を私に見せ、挿絵を指差しながら私がどのように父との間にできたかを説明した。その話はどこか薄気味悪かったが、私は大人しく聞いていた。勉強だと母が言ったからだ。

しかし翌日の性教育の授業では、昨日とはまったく違うことを教えられた。人工授精のしくみと、それによって子供が生まれる生命の神秘についてのDVDを延々と見せられたのだ。(P16)

ここらあたりが物語の発端。雨音の心は揺さぶられ、時に母の言葉を思い出し、やがて大きな変化を遂げます。

雨音が二度目の結婚をした後のことです。母と交わした会話の果てに、彼女が行き着いた結論はというと -

映画の中のような古いドレスに身を包んだ人が、結婚して家族と交尾をしていても、それほどの嫌悪感はない。昔はそれしか方法がなかったのだし、今とは時代が違うのだから、古い人類の資料を見ているような、冷静な気持ちになれる。けれど、それを現代になって未だに私の肉体に押しつけようとする母のことはおぞましくて吐き気がする。あなたが信じている 「正しい」 世界だって、この世界へのグラデーションの 「途中」 だったんだと叫びたくなる。

私たちはいつだって途中なのだ。どの世界に自分が洗脳されていようと、その洗脳で誰かを裁く権利などない。(P154.155)

しかしながら、雨音は、母の与える 「正しい世界」 のことを忘れたわけではありません。潔癖すぎる 「性欲」 を持ちながら、時に、直にセックスを 「したい」 と思うことがあります。「自分が産んだ子供」 を、「自らが」 育てたいと思います。そんな思いを持ちながら、結果 -

もう駄目だ、と私は思った。
私も夫も、この世界を食べすぎてしまった。
そして、この世界の正常な 「ヒト」 になってしまった。
正常ほど不気味な発狂はない。だって、狂っているのに、こんなにも正しいのだから。

実験都市に移り住んだ物語の終盤、彼女はどんな変化を遂げるのか。抗いようのないその変化の在りように、もしもあなたなら、どう対処するのでしょうか。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。

作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「コンビニ人間」他多数

関連記事

『ハコブネ』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『ハコブネ』村田 沙耶香 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 セックスが辛く、もしかしたら自

記事を読む

『人面島』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『人面島』中山 七里 小学館文庫 2024年12月11日 初版第1刷発行 人の不幸は蜜の味。

記事を読む

『純子』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『純子』赤松 利市 双葉社 2019年7月21日第1刷 四国の辺鄙な里に生まれた純

記事を読む

『デフ・ヴォイス/法廷の手話通訳士』(丸山正樹)_書評という名の読書感想文

『デフ・ヴォイス/法廷の手話通訳士』丸山 正樹 文春文庫 2015年8月10日第一刷 仕事と結

記事を読む

『腐葉土』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『腐葉土』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第6刷 『蟻の棲み家』(新潮

記事を読む

『背高泡立草』(古川真人)_草刈りくらいはやりますよ。

『背高泡立草』古川 真人 集英社 2020年1月30日第1刷 草は刈らねばならない

記事を読む

『殺人出産』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『殺人出産』村田 沙耶香 講談社文庫 2016年8月10日第一刷 今から百年前、殺人は悪だった。1

記事を読む

『中国行きのスロウ・ボート』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『中国行きのスロウ・ボート』村上 春樹 文芸春秋 1983年5月20日初版 村上春樹の初めての短

記事を読む

『死者のための音楽』(山白朝子)_書評という名の読書感想文

『死者のための音楽』山白 朝子 角川文庫 2013年11月25日初版 [目次]教わ

記事を読む

『告白』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『告白』湊 かなえ 双葉文庫 2010年4月11日第一刷 「愛美は死にました。しかし、事故ではあり

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

『対馬の海に沈む』 (窪田新之助)_書評という名の読書感想文

『対馬の海に沈む』 窪田 新之助 集英社 2024年12月10日 第

『うたかたモザイク』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『うたかたモザイク』一穂 ミチ 講談社文庫 2024年11月15日

『友が、消えた』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『友が、消えた』金城 一紀 角川書店 2024年12月16日 初版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑