『リアルワールド』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
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『リアルワールド』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(ら行), 桐野夏生
『リアルワールド』桐野 夏生 集英社文庫 2006年2月25日第一刷
高校三年の夏休み、隣家の少年が母親を撲殺して逃走。ホリニンナこと山中十四子は、携帯電話を通して、逃げる少年ミミズとつながる。そしてテラウチ、ユウザン、キラリン、同じ高校にかよう4人の少女たちが、ミミズの逃亡に関わることに。遊び半分ではじまった冒険が、取り返しのつかない結末を迎える。登場人物それぞれの視点から語られる圧倒的にリアルな現実。高校生の心の闇を抉る長編問題作。(集英社文庫)
集英社文庫 「ナツイチ」 からの一冊。
仲の良い女子高生4人と、同じ高校三年生の、母親を殺した一人の少年の話 - といえばどうでしょう? 彼らの間には何か因縁めいた出来事がありそうな、普通そんな感じがして当然なのですが、この物語に限って言えば、それが何もありません。
たまたま4人の内の一人である山中十四子の一家が引っ越したのが少年の家の隣だったというだけで、二人は会話らしい会話をしたことがありません。互いに薄っすらと意識はするものの、それは隣同士だというだけで、それ以上でも以下でもなかったのです。
少年 - その容姿から十四子は少年のことを “ミミズ” と呼んでいます - が逃走した時、十四子は自分の自転車と、前籠に入れたまま忘れていた携帯電話が盗まれているのに気付きます。
十四子が自分の携帯に電話したのは、盗んだ自転車と携帯電話を返してほしい、という一念からのことでした。確証こそなかったものの、予感があり、彼女には電話に出たのがミミズだと - 母を殺して行方をくらました隣家の少年だというのがわかります。
おそらくはミミズが母親を撲殺した直後、十四子は家から出て行こうとするミミズと出合い、彼の、常にはない晴れやかな態度を目にしています。彼女はそれを誰にも言いません。訪ねてきた警察官にも、十四子は「何も知らない」と答えます。
あたしの脳裏にミミズの表情が浮かぶ。楽しそうなときめいた顔。あれはいったい何だったのだ。お母さんを殺して解放されたのか。それとも気でも狂ったか。そんなミミズが怖ろしいというより、あたしはその時のミミズの気持ちを正確に知りたいと思った。
そして、ミミズはその気持ちを大人たちには絶対言わないだろうと確信した。いや、どう説明していいのかわからないんだろう。あるいは説明した時のあまりの単純さを知って言い淀んでいるのだ。それは、あたしにもわかる気がした。なぜなら多分、ミミズは母親がうざかったのだ。
うざい。言葉にすれば、そんなちっぽけなことで自分の母親を殺すなんて、大人は皆、信じられないというだろう。でも、真実だ。この世はうざい。信じられないほどうざい。(P32)
そのうち、仲間の一人の 「テラウチ」 から十四子に向けて(家の電話に) 電話が掛かってきます。次に掛かってきたのが 「キラリン」 で、「ユウザン」 には十四子の方から電話をします。訊くと十四子は、3人が3人ともに、十四子の携帯を拾ったという男の人から電話があったと聞かされます。
この頃既に十四子は、ミミズに関わるすべてのことを、仲間以外の誰に対しても、今後一切話せないだろう - と覚悟をしています。
家の前は報道陣で溢れ返り、隣の家も我が家も道路も、せせこましいながらも何だか晴れがましく違う風に見えます。
十四子は唖然とし、ああ、もう駄目だ、とがっくりします。これほどの大事に至ったのなら、もうあたしは秘密を抱えるしかない、あの禍々しい音を聞いたことも、その直後にミミズに出合ったことも、ミミズが清々した顔をしていたことも、
携帯と自転車をミミズに盗まれたことも、今後一切話せないだろうと思います。ミミズの 「尊属殺人」 とやらを知りながら、「逃走」 を 「幇助」 したことになりはしまいかと。ミミズとあたしが 「共犯者」 になりはしまいかと。
その大きな 「誤解」 が仲間の3人へと伝播するにつれ、事はもはや、一人の少年の問題では済まされない事態を招くことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。
作品 「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」「デンジャラス」「路上のX」他多数
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