『しゃべれども しゃべれども』(佐藤多佳子)_書評という名の読書感想文
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『しゃべれども しゃべれども』(佐藤多佳子), 佐藤多佳子, 作家別(さ行), 書評(さ行)
『しゃべれども しゃべれども』佐藤 多佳子 新潮文庫 2012年6月10日27刷
俺は今昔亭三つ葉。三度のメシより落語が好きで、噺家になったはいいが、目下前座よりちょい上の二ツ目。自慢じゃないが、頑固でめっぽう気が短く、女の気持ちにゃとんと疎い。そんな俺に話し方指南を頼む物好きが現れた。でもどいつも困ったもんばかりで・・・・・・・
歯切れのいい語り口で、言葉にできないもどかしさと不器用な恋を描き、「本の雑誌が選ぶ年間ベストテン」 第一位に輝いた名作。(新潮文庫)
ある意味で、話は簡単だ。対人恐怖症のために仕事をしくじりかけている青年がいる。口下手なために失恋した娘がいる。生意気なためにクラスで苛めにあっている小学生がいる。あがり症のためにマイクの前に座ると途端に無口になる野球解説者がいる。
ようするに、自分を表現することが苦手なために、周囲とぶつかっている人間たちだ。世の中と折り合いがつけられずに苦しんでいる人間たちだ。
ひょんなことから彼らが若い落語家のもとに集まってくる。落語を覚えようというのだ。それが何の解決になるのか、誰にもわからないが、とにかくそういう展開になる。ところがなかなか落語は覚えないし、彼らの仲は悪いし、素人に教える若い落語家のほうにも恋と仕事の迷いがあるので (つまり人に落語を教えている場合ではない)、事態はうまい具合に進展しない。
本書はそういう話である。(北上次郎/解説より)
今昔亭三つ葉 - 主人公。物語の語り手。本名、外山達也(26歳)。今昔亭小三文師匠の数少ない弟子の一人で、現在二ツ目。吉祥寺の実家でお茶を教えるばあさんと二人暮らし。踊りの師匠の娘で、ばあさんのお茶の生徒でもある郁子さんに淡い恋心を抱いている。
◎この物語のメインキャスト(三つ葉が落語を教えることになった素人の面々)
綾丸良 - 三つ葉の従弟。テニスクラブでスクール・コーチのアルバイトをしている。裕福な家庭に生まれ、有名私立中学に合格し、現在K大生。182センチの長身で、彼の「年期の入ったテニスはうまい。うまいが弱い。弱いが美しい」。小学生当時、良は吃音が原因で、ひどく苦労したことがある。それが今になってまた出てきたという。
十河五月 - 師匠が仕事で行ったカルチャー教室で出会った女性。彼女は言うなれば - とことん世間を疑っているふうな、極端に無口で不愛想な人物である。かつて劇団にいた頃に、そこでの夢や恋に破れたようで、三つ葉にはとりつくしまもない。
村林優 - 大阪から転校してきた十歳の小学生。本人曰く、「本モノ」 の阪神ファン。実は標準語で話せるものの、彼は関西弁丸出しで話をする。そのせいかどうでか、優はクラスで陰湿な苛めにあっている。但し、優はそれを「苛め」とは認めない。強気で、あくまでも闘う姿勢を崩さないでいる。
少し遅れて、湯河原太一 - 元プロ野球選手で、現在は解説者。いかつい風体そのままに、日頃は平気で悪態をつくくせにいざとなると無口になり、マイクの前ではいかほども話せない。話せても、間が悪い。一拍遅れてしか話せない。
以上、この小説はそれぞれに、「言うに言われぬ」悩みを抱えた人の物語である。自覚がありながら、あるいはありすぎて、世間との間に取るべき妥当な距離を測れないでいる人たちだ。「そうしかできないのだから」と、半ば開き直ってさえいる。
それが為に萎縮し、心を閉ざし頑なになり、そのことに絶望している。ただ自然にふるまうということが、彼らにはとてもむつかしい。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆佐藤 多佳子
1962年東京都生まれ。
青山学院大学文学部史学科卒業。
作品 「サマータイム」「イグアナくんのおじゃまな毎日」「一瞬の風になれ」「黄色い目の魚」「神様がくれた指」「明るい夜に出かけて」「ハンサム・ガール」「聖夜」他多数
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