『工場』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『工場』小山田 浩子 新潮文庫 2018年9月1日発行


工場 (新潮文庫)

(帯に) 芥川賞作家の謎めくデビュー作、待望の文庫化。とあります。

大河が南北を隔てる巨大工場は、ひとつの街に匹敵する規模をもち、環境に順応した固有動物さえ生息する。ここで牛山佳子は書類廃棄に励み、佳子の兄は雑多な書類に赤字を施し、古笛青年は屋上緑化に相応しいコケを探す。しかし、精励するほどに謎はきざす。この仕事はなぜ必要なのか・・・・・・・。精密に描き出される職場に、夢想のような日常が浮かぶ表題作ほか2作。新潮新人賞、織田作之助賞受賞。(新潮文庫)

工場」 とは何か?

工場は灰色で、地下室のドアを開けると鳥の匂いがした。」という印象的な一行の後に、大卒の正社員の求人票を見て大工場に応募したはずなのに、いつの間にか、どうごまかされたのかもわからないまま、工場の契約社員として「印刷の補助」という名目の「通称シュレッダー班の一員」として「シュレッダーによる書類の粉砕」という仕事をすることになった語り手の女性によって、

「莫大で広大で、この土地に生活している以上その影響を絶えず受けていて」小学校の社会科見学では、充実したお土産までもらい、ディズニー・ランドくらいの広さがあるのではないかという好印象を受けもした「昔からこの町に住んでいる者なら一族の中に工場の関係者や工場の子会社の関係者、取引先に勤めている者が必ずいた」という「工場」が語られる。(後略)

最初の語りのブロックに一行分のアキを間にして「黒い鳥がいて、すわカラスかと思ったらウのようだった。」という文章ではじまるブロックの語り手は大学院でコケの研究をしていたのに、教授の強引なすすめで心ならずも工場で「環境整備課屋上緑化推進室」という「自分一人だけの部署」に仕事を得てしまった男であり、

次の一行アキの後に続くブロックの語り手は、小さな会社のシステムエンジニアだったが、工場では派遣社員として「朝になるとまず、封筒から紙を取り出す。これを校正する、つまり間違いを探して赤ペンで指摘する。」というおよそ関係のない仕事についている。(解説より抜粋/by金井美恵子)

牛山佳子は地下室にいて、日毎シュレッダーをかけ続けています。コケによる「屋上緑化」などというのは端から困難で、古笛は15年、それでも日毎コケを採取しています。資料課に配属された派遣社員の牛山は、実は佳子の兄で、彼は日毎(意味があるとは思えない)書類ばかりの校正をしています。

広大な工場の敷地内には森があり、時に「森の妖精ズリパン」という変質者が出没します。彼は中年から老年の男性で、相手が女性でも男性でもズホンとパンツを下ろそうとしてくるのだといい、本人がそう名乗るので「森の妖精」- ズリパンと呼ばれています。

ズリパンの他、工場内には、ここ特有の、つまりは「固有種」なる生物が存在しています。

・灰色ヌートリア - 巨大なネズミに似た生物で、主に排水溝をねぐらにしています。
・洗濯機トカゲ - 敷地内にあるクリーニング工場に棲息しています。洗濯機の下や洗濯機と壁の間、洗濯機と洗濯機の間等に巣を作り、一匹ずつで住んでいます。

そして三つ目が、工場ウ、です。

工場ウは工場の中を流れる大河が海に流れ込むところにのみ住んでいるので、群れも一つしかありません。ここ以外には工場ウはいません。工場ウはひとかたまりになって河原や河の中に立ったまま眠り、そのまま潜ったり頭を水に突っ込んだりして餌を取ります。

では、「工場ウはどこから来たのでしょう? そして、どこへ行くのでしょう?

工場ウがどこから来るのか、それはわかりませんが、工場ウを工場の職員が捕獲することがあります。何のためかはわかりません。しばらくすると、職員は工場ウの残りがらを海に捨てます。捨てられた工場ウは、そのまま泳いで群れに戻ったり、海に沈んで死んだりするようです。

海に沈んで死んだ場合、それは確認できませんし、真っ黒な工場ウは、それぞれの個体を識別することができないので断言もできませんが、廃棄された工場ウの全てが群れに戻っているわけではないようなのでそう考えられるのです。戻ってきた工場ウは脂気が無くなり痩せ細っているのですぐわかります。群れに戻り、しばらくすると元に戻るようです。群れには常に、数匹から数十匹の使用済み工場ウがいます。(P122.123)

さてみなさん。勘のいいみなさんならすぐにわかるはずです。誰もが知る大工場に採用され、しかし意味ない仕事に日毎励む3人が誰を指しているのか? 工場ウはどこへも行かず、なぜ留まっているのか? それより何より、そこは何をしている「工場」なのか? 結局それはわからず仕舞いに終わります。そしてそれとは別に、かなり笑えもします。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


工場 (新潮文庫)

◆小山田 浩子
1983年広島県広島市佐伯区生まれ。
広島大学文学部日本文学語学講座卒業。

作品 「工場」「穴」「庭」など。

関連記事

『国境』(黒川博行)_書評という名の読書感想文(その2)

『国境』(その2)黒川 博行 講談社 2001年10月30日第一刷 国境(下) (文春文庫)

記事を読む

『捨ててこそ空也』(梓澤要)_書評という名の読書感想文

『捨ててこそ空也』梓澤 要 新潮文庫 2017年12月1日発行 捨ててこそ 空也 (新潮文庫)

記事を読む

『失はれる物語』(乙一)_書評という名の読書感想文

『失はれる物語』乙一 角川文庫 2006年6月25日初版 失はれる物語 (角川文庫) 目覚め

記事を読む

『冷蔵庫を抱きしめて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『冷蔵庫を抱きしめて』荻原 浩 新潮文庫 2017年10月1日発行 冷蔵庫を抱きしめて (新潮

記事を読む

『寡黙な死骸 みだらな弔い』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川 洋子 中公文庫 2003年3月25日初版 寡黙な死骸 みだら

記事を読む

『さようなら、オレンジ』(岩城けい)_書評という名の読書感想文

『さようなら、オレンジ』岩城 けい ちくま文庫 2015年9月10日第一刷 さようなら、オレン

記事を読む

『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷 キッドナッパーズ (文

記事を読む

『るんびにの子供』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『るんびにの子供』宇佐美 まこと 角川ホラー文庫 2020年8月25日初版 るんびにの子供

記事を読む

『カルマ真仙教事件(中)』(濱嘉之)_書評という名の読書感想文

『カルマ真仙教事件(中)』濱 嘉之 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 カルマ真仙教事件(中

記事を読む

『さまよえる脳髄』(逢坂剛)_あなたは脳梁断裂という言葉をご存じだろうか。

『さまよえる脳髄』逢坂 剛 集英社文庫 2019年11月6日第5刷 さまよえる脳髄 (集英社

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文

『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷

『ゴースト』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『ゴースト』中島 京子 朝日文庫 2020年11月30日第1刷

『人間タワー』(朝比奈あすか)_書評という名の読書感想文

『人間タワー』朝比奈 あすか 文春文庫 2020年11月10日第1刷

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑