『愛がなんだ』(角田光代)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2018/10/26
『愛がなんだ』(角田光代), 作家別(か行), 書評(あ行), 角田光代
『愛がなんだ』角田 光代 角川 文庫 2018年7月30日13版
「私はただ、ずっと彼のそばにはりついていたいのだ」- OLのテルコはマモちゃんに出会って恋に落ちた。彼から電話があれば仕事中でも携帯で長話、食事に誘われればさっさと退社。すべてがマモちゃん最優先で、会社もクビになる寸前。だが、彼はテルコのことが好きじゃないのだ。テルコの片思いは更にエスカレートしていき・・・・・・・。直木賞作家が濃密な筆致で綴る、〈全力疾走〉 片思い小説! 解説・島本理生 (角川文庫)
テルコほどではないにせよ、彼女と似た経験がある、彼女はまるであの頃の自分のようだ - そんなふうに感じる人が少なからずいるのではないかと。ある時突然、人は人を好きになる - 好きになるとは、大抵の場合そんなことでしょう。やみくもに溢れ出てくる説明しがたい感情に、時に、人は前後不覚になることがあります。
ところが - 往々にしてそれは 「独りよがり」 に過ぎません。
どれほど好きであったとしても、相手はそれに気付きもしません。好きとはっきり言わないテルコも悪いのですが、相手のマモちゃんは、まさか自分が好かれているとは思ってもいません。彼からすればテルコは都合のいい女友達ぐらいの感覚で、それ以上でも以下でもありません。
帰ってくれるかな? 遠慮がちに、けれどきっぱりと、マモちゃんは言った。ぞくぞくするような色っぽい鼻声のまま。どうもありがとう、めし買ってきてくれてたすかったよ、と、私を部屋から追い立てるようにしてマモちゃんは言った。熱のせいで頬を子どものように赤くして、不機嫌そうに。(P12)
いったい何が悪かったんだろう。どこで失敗したんだろう。と、テルコは考えます。
彼を不機嫌にしたさせた理由はなんだ? コンビニの鍋焼きうどんでいいと言われたのに、スーパーで買いものをして温サラダと味噌煮込みうどんをつくったことか。カビキラーまで買っていって風呂場を掃除したことか。プラスチックとティッシュがいっしょになったゴミ箱を検分し、燃えるものと燃えないものに仕分けしたことか。(後略)
行動ではなく、私の話したことかもしれない。私は今日、熱があるというマモちゃんに何を話したんだっけ。仕事の話、あまり仲のよくない同僚の女の子たちの話、それから、夢の話もしたような気がする。夢の話なんか退屈に決まっているのに、なんで話したりしたんだろう。呼び出されて調子に乗っていたのか。空車ランプを1台見過ごし、舌打ちをする。(P13)
他人からみれば、マモちゃんは典型的な 「自分系男子」 で、見た目はかっこよくも何ともありません。そしてそれをマモちゃんは、よく自覚もしています。
随分とあとになってのことですが、マモちゃんが自分が思う自分のことをかなり悲観的にテルコに告白する場面があります。それでも、彼が思う彼とは裏腹になおテルコが、何がよくて彼のことを一方的に好きでいるのか - その心情はというと、
なんて阿呆な男なんだろう。自分がかっこいいから私に好かれているとでも思っているのだろうか。顔が好みだの性格がやさしいだの何かに秀でているだの、もしくはもっとかんたんに気が合うでもいい。プラスの部分を好ましいと思いだれかを好きになったのならば、嫌いになるのなんかかんたんだ。プラスがひとつでもマイナスに転じればいいのだから。
そうじゃなく、マイナスであることそのものを、かっこよくないことを、自分勝手で子どもじみていて、かっこよくありたいと切望しそのようにふるまって、神経こまやかなふりをしてて、でも鈍感で無神経さ丸出しである、そういう全部を好きだと思ってしまったら、嫌いになるということなんて、たぶん永遠にない。(P150 「噛ませ犬、当て馬・・・・・・・言い方は忘れちゃったけれど、つまりそんなようなものである」 からの抜粋)
結局のところ、テルコの思いはマモちゃんには届かず仕舞いに終わります。
問題はそのあと。最終的に彼女は自分の片思いとどんな折り合いをつけるのか。テルコにとって最善の策に思われたそれを、あなたなら、どう受け止めるのでしょうか。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「空中庭園」「かなたの子」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「笹の舟で海をわたる」「ドラママチ」「トリップ」「それもまたちいさな光」他多数
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