『レプリカたちの夜』(一條次郎)_書評という名の読書感想文
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『レプリカたちの夜』(一條次郎), 一條次郎, 作家別(あ行), 書評(ら行)
『レプリカたちの夜』一條 次郎 新潮文庫 2018年10月1日発行
いきなりですが、本文の一部を紹介します。やたら長くはなりますが、読んでみて、その “雰囲気” を感じ取ってください。面白いと思えれば何の問題もありません。何せこの小説は (解説者曰く)、
「北野勇作(SF好きの方ならよくご存じでしょう)と小田山浩子と初期安倍公房を足して2・5くらいで割ったみたい」 な話で、要はとても説明しづらいのです。でも 「面白い」- というのですが、はてさてみなさんはいかがなものでしょう。
では。(勝手ですが、所々を省略しています)
店のおばちゃんが往本にかき氷を持ってきた。よくみるとかき氷ではなくて、器に盛ったアイスクリームだった。白いバニラ味。まあべつにアイスクリームでもいいやと往本はおもった。うちよりあとからきたくせに先に食べるなんてずるいじゃないかとうみみずは口をとがらせた。
往本は、「ひどい話だね」 といった。かき氷のことでもかき氷とアイスクリームをまちがえて持ってきたことでもなくて、マールブランシュ法のことだ。そして自分があまりにも世界のことを知らなすぎるような気がした。まるでずっと眠ってすごしてきたみたいな感じがした。往本はたずねた。
「ほんとに猫っていっぴきものこってない? 」
「いるわけないじゃん。うちも子どものころのかすかな記憶にしかないよ」
「猫もそうだけど、ほかにもへんなの見たんだ」
「なにを」
「自分の分身」
「あ。それはドッペルゲンガーだね」 とうみみずは即答した。なんだそれと往本はおもった。「それって幻覚なんでしょ」 と往本がきくと、
「まあ幻覚みたいなものかもしれないけど、見ると死ぬんだってさ」
なんか怖いことをさらっといわれた。うみみずはおばちゃんからアイスクリームを受け取り、さらにいった。
「沼の近くで雷に打たれたりしなかった? 」
「打たれたらその時点で死ぬじゃん」
「いやスワンプマンでも増殖したのかなとおもって」
「意味わかんない」
「じゃ、やっぱドッペルゲンガーだ。芥川龍之介っていう昔の作家もみたとかみないとかいってたらしいよ。ほんとかどうかははっきりとはしないけど。『二つの手紙』 とか 『歯車』 『影』 なんかいう小説にそのことが書かれてる」
「そのひとどうなったの? 」
「自殺した」
「アメリカのポオの小説には、自分の分身にしつこくつきまとわれていやがらせされる話があるよ」 「がまんの限界になってその分身を殺したら、それが自分まで殺したことになった。破滅だね」
「そう・・・・・・・」 往本の声はみるみる元気がなくなっていった。(P96 ~ 101あたり)
※ 往本とうみみずの話はその後も延々と続き、ふと往本は、もしかしたら自分が見た分身はロボットではないか、誰かが、往本そっくりのロボットを作ったのではないか、という考えに至ります。ありうる話だと往本は感じ、しかしそれをうみみずはみごとなまでに一蹴します。
・・・・・・・はて? 二人はいったい何の話をしているのかといいますと、そもそもは、
深夜の工場で往本が見たシロクマ - 工場で日々生産されているレプリカの一つが、何かの事情があって、たまたまそこに置き忘れられている -
勝手に動くはずのないレプリカが、まるで生きているように動いてみえた。いや、確かに 「それ」 は動いていた - という彼の目撃談に端を発しています。それを工場長に言うと、工場長は往本に対し、「そのシロクマを見つけ出し、必ず殺せ」 と命じたのでした。
動物レプリカ工場に勤める往本がシロクマを目撃したのは、夜中の十二時すぎだった。絶滅したはずの本物か、産業スパイか。「シロクマを殺せ」 と工場長に命じられた往本は、混沌と不条理の世界に迷い込む。卓越したユーモアと圧倒的筆力で描き出すデヴィッド・リンチ的世界観。選考会を騒然とさせた新潮ミステリー大賞受賞作。「わかりませんよ。何があってもおかしくはない世の中ですから」。(新潮文庫)
◆この本を読んでみてください係数 80/100
◆一條 次郎
1974年生まれ。福島県在住。
山形大学人文学部卒業。
作品 本作で2015年、新潮ミステリー大賞受賞。他に「ざんねんなスパイ」
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