『ダンデライオン』(中田永一)_書評という名の読書感想文
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『ダンデライオン』(中田永一), 中田永一, 作家別(な行), 書評(た行)
『ダンデライオン』中田 永一 小学館 2018年10月30日初版
「くちびるに歌を」 以来7年ぶりの長編小説
11歳の下野蓮司はある日、病院で目覚めると大人の姿になっていた。20年の歳月が流れていた。そこに恋人と名乗る西園小春が姿を現わす。子ども時代と大人時代の一日が交換されたのだ、と彼女は話した。
一方、20年後の蓮司は11歳の自分の体に送り込まれていた。ある目的を達成するために、彼は急いでいた。残された時間は半日に満たないものだった - 。ミリ単位でひかれた、切なさの設計図。著者だからこそできた、完全犯罪のような青春ミステリーの誕生。(小学館ウェブサイトより)
僕たちは一日を交換した。
そうかんがえるとわかりやすい。
少年時代の僕と、大人になった僕の一日が入れ替わった。
偶然に頭をぶつけた一日が存在して、その日だけ交換されたのだ。
少年時代の一日を借りて、僕にはやりたいことがある。
これはある意味、おそろしく持って回った、とてもややこしい、ある “恋” の物語です。
20年という歳月の後、下野蓮司(かばた・れんじ)は、かつて彼が11歳の少年だった頃、一家を襲ったある凶悪事件によって殺されそうになった一人の少女、西園小春に恋をします。小春はその事件で両親を殺され、彼女だけが生き残ります。
小春の命を救ったのは蓮司でした。但し、大人になった彼の前に彼女が現れた時、最初蓮司は、彼女が “西園小春” だとは気付きもしません。なのに彼女は、蓮司を知っていると言います。その上二人はやがて結婚するのだと。蓮司は何が何だか、訳がわかりません。
(場面は変わり) それは宮城県の海沿いの町にいたはずの蓮司が、突然背後から何者かに殴られ、気絶し、気付くと新宿のとある病院のベッドで眠りから覚めた後のことでした。
目覚める前に蓮司が覚えていた最後の光景は、何より好きな野球をしていた時のものでした。それが、1999年のことです。
ところが医師は 「今は西暦2019年。きみは頭を殴打された衝撃で記憶障害が起きている。いつのまにか自分が大人になってしまったように感じられているかもしれないが、実際はここ20年間のことをおもいだせないのだとおもう」 と診断を下します。
そう言われてもすぐには納得できない蓮司に対し、医師は 「そういえば、きみに渡さなくてはいけないものがある」 と言い、看護婦が持ってきたのは厚みのあるA4サイズほどの封筒でした。
蓮司が病院に搬送されてきた時、彼の腹にはその封筒が貼り付けてあり、中に一枚の便箋、数枚の紙幣、それとテープレコーダーが入っていました。テープレコーダーにはカセットテープがセットしてあり、再生ボタンを押すと、聞こえてきたのは男性の声で、
こんにちは下野蓮司くん。
きみは戸惑っているかもしれないが、その気持ちはよくわかっているつもりだ。
なぜなら僕もずっと以前におなじ状況を体験したから。
説明がむずかしいけど、加藤先生から言われたような記憶障害なんかじゃない。
きみは確かに11歳の下野蓮司なんだ。
練習試合で頭にボールを受けたせいだと思う。
この現象について僕は様々な推測をたててみた。
だけど今はゆっくりと説明することはできない。
なぜならきみのいる病室に、そろそろおむかえが来るからだ。
11歳の下野蓮司、靴を履いて、壁にかけてあるスーツの上着を着てほしい。
さらに続けてテープの声は、
僕はきみだ。大人になった下野蓮司だ。きみの今の状況は11歳のときに体験している。だから、きみの混乱はよくわかっているつもりだ。- と告げます。
すべての始まりは 2019年10月21日零時。その時蓮司は、駅から続く遊歩道の途中にある噴水近くのベンチに腰かけています。手には一枚のメモがあり、彼は “その瞬間” を待っています。メモにはこう書いてあり、それはその通りに起こり、直後、蓮司は意識をなくします。
2019 – 10 – 21 0:04
ベンチで待機
パトカーの音
犬が三度鳴く
背後から殴られる
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中田 永一
1978年福岡県生まれ。本名は安達寛高。
豊橋技術科学大学工学部卒業。別名義で乙一としても執筆している。
作品 「百瀬、こっちを向いて。」「吉祥寺の朝日奈くん」「くちびるに歌を」「私は存在が空気」他
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