『アカガミ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『アカガミ』窪 美澄 河出文庫 2018年10月20日初版


アカガミ (河出文庫)

渋谷で出会った謎の女性に勧められ、ミツキは国が設立したお見合いシステム 「アカガミ」 に志願した。異性と話すことすらままならない彼女にとって、国の教えはすべてが異様なもの。パートナーに選ばれたサツキとの暮らしを通じて、次第に恋愛や性を知り、「新しい家族」 を得たのだが・・・・・・・。手厚いサポートに隠された 「アカガミ」 の真の姿とは?
生きることの選択と生命の躍動に触れる衝撃作! (河出文庫)

2030年代。そう遠くはない日本でのことです。

介護施設で働く25歳のミツキは、その時代をよく象徴しています。いたって仕事は真面目なのですが、過剰に人とは関らず、会話は最小限で済ませます。自分に向けた他人の評価に、彼女はさほど興味がありません。

彼女は、これという生きる上での希望や目的を見い出せないまま今に至っています。日々は家と職場の往復で、基本彼女は誰とも話をしません。人と接することに、極端なまでに臆病になっています。

その時代にあって、20代の若者はおしなべてミツキのようで、恋愛や結婚も同様に、彼らは男女の付き合い、さらにはキスやセックスなどの具体的な行為に対し、むしろ強い嫌悪感を抱いています。

結果、多くの若者は恋愛からもセックスからも遠ざかり、「性」 と同時に 「生」 そのものに向ける意欲すらも著しく減退しています。彼らは内に籠り、滅多なことで他者へ目を向けようとはしません。

かつて彼女はバーのトイレで服毒自殺を図り、たまたまその場に居合わせたログという歳上の女性に助けられた過去を持つ。自分の輪郭の手応えというものがわずかながらでも得られるログとの会話を重ねるうち、〈見知らぬ誰かに会ってみたい〉 という好奇心が芽生えるのを自覚したミツキは、ログの勧めで国が設立したお見合いシステムに登録することに。(解説より)

それが 「アカガミ」 と呼ばれる制度で、 - そこでミツキはサツキという名の青年と出会い、(彼もまた同様だったのですが) 初めて異性と接することになります。

※二人に与えられた生活は、いわば理想的な展開で深化していきます。ここだけ読めば違う話のような、極めて清々しい恋の話であるような、しばらくはそんな話が続きます。

ところが、(何とはなく想像できるのですが) そのうち二人は、不穏な空気に気付かされていきます。

単なるマッチング制度のはずなのに、参加することは 「志願」 と呼びならわされ、なぜか周囲から大々的なサポートを受けることを当初ミツキは訝しむ。そもそも制度の名前が 「アカガミ」(!)なのだ。

このあたりで多くの読者は 「赤紙」 という不穏な用語を想起するのではないだろうか。実際、教習所では厳密な身体検査が行われ、健康に問題があると診断された者はあたかも落伍者であるかのように放逐されていく。

(中略)

ところがミツキを含め、ほとんどの参加者は自分からその場を去ろうとはしない。なぜなら彼女たちは、まさにそうした言葉が指し示しているはずのものをすでに何らリアルに実感できない、気が遠くなるほど荒涼とした場所にひとりずつ放り出されているからだ。

結果、その先にある未来を具体的に想像できないまま、ただ 「不適合」 の烙印を押されることを怖れ、用意された目の前のレールに追い立てられるようにしがみついてしまう。(P273.274/解説より)

やがて二人は、ある出来事がもとで、自分たちが大きな 「誤解」 をしていたことに気付かされます。併せて 「アカガミ」 が国が仕組んだ卑劣に過ぎる陰謀だったことも。

そしてラスト。(二人にとって) そこに救いは、あるのでしょうか。ないのでしょうか。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


アカガミ (河出文庫)

◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。

作品 「晴天の迷いクジラ」「クラウドクラスターを愛する方法」「アニバーサリー」「雨のなまえ」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」など多数

関連記事

『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷 日没 ポリコレ、ネット中傷、

記事を読む

『阿弥陀堂だより』(南木佳士)_書評という名の読書感想文

『阿弥陀堂だより』南木 佳士 文春文庫 2002年8月10日第一刷 阿弥陀堂だより (文春文庫

記事を読む

『選んだ孤独はよい孤独』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『選んだ孤独はよい孤独』山内 マリコ 河出書房新社 2018年5月30日初版 選んだ孤独はよい

記事を読む

『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』(木藤亜也)_書評という名の読書感想文

『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』木藤 亜也 幻冬舎文庫 2021年3月25日58

記事を読む

『くまちゃん』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『くまちゃん』角田 光代 新潮文庫 2011年11月1日発行 くまちゃん (新潮文庫)

記事を読む

『百花』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『百花』川村 元気 文藝春秋 2019年5月15日第1刷 百花 「あなたは誰? 」 息

記事を読む

『赤へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『赤へ』井上 荒野 祥伝社 2016年6月20日初版 赤へ ふいに思い知る。すぐそこにあるこ

記事を読む

『金曜のバカ』(越谷オサム)_書評という名の読書感想文

『金曜のバカ』越谷 オサム 角川文庫 2012年11月25日初版 金曜のバカ (角川文庫)

記事を読む

『月と雷』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『月と雷』角田 光代 中央公論新社 2012年7月10日初版 月と雷 (中公文庫) &n

記事を読む

『憂鬱たち』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『憂鬱たち』金原 ひとみ 文芸春秋 2009年9月30日第一刷 憂鬱たち (文春文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『くもをさがす』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『くもをさがす』西 加奈子 河出書房新社 2023年4月30日初版発

『悪口と幸せ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『悪口と幸せ』姫野 カオルコ 光文社 2023年3月30日第1刷発行

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』(椰月美智子)_書評という名の読書感想文

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』椰月 美智子 双葉文庫 2

『せんせい。』(重松清)_書評という名の読書感想文

『せんせい。』重松 清 新潮文庫 2023年3月25日13刷

『怪物』(脚本 坂元裕二 監督 是枝裕和 著 佐野晶)_書評という名の読書感想文

『怪物』脚本 坂元裕二 監督 是枝裕和 著 佐野晶 宝島社文庫 20

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑