『ある男』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『ある男』(平野啓一郎), 作家別(は行), 平野啓一郎, 書評(あ行)
『ある男』平野 啓一郎 文藝春秋 2018年9月30日第一刷

[あらすじ]
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」 についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」 と結婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。ある日突然、「大祐」 は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に、さらに 「大祐」 が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる。- 里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。(平野啓一郎公式サイトより抜粋)
愛にとって過去とは何か? あなたは愛する人の過去を知っていますか? 全てを承知の上で、愛していると言っているのでしょうか。
この物語では、「ある男」 を探るうち、「過去を変えて生きる」 男たちの姿が浮かび上がってきます。愛する人が人知れず過去を捨て、別人として生きていたとするなら、
その偽りは、やがて成就した本物の愛によって赦されたのであろうか?
武本里枝は、高校を卒業後、神奈川県の大学に進学して就職し、二十五歳で一度、別の男と結婚しています。長男の悠人は、建築事務所に勤めていたその夫との間の子供で、二人の間には更に遼という名の次男がいました。
遼は二歳の時に脳腫瘍と診断され、治療の術なく、半年後に亡くなります。それは幸福な少女時代を経て大人になった里枝が、人生で初めて経験した途方もない悲しみでした。その上、その時期里枝と夫は、遼に対する治療を巡り、激しく対立していたのでした。
そのころ被った傷を “なかったこと” には出来ず、結果里枝は離婚を決意します。調停は揉めに揉め、十一ヶ月を要してようやく合意に達し、夫が拘った長男の親権も彼女に帰することとなります。
その後、ほどなくして宮崎の実父が急逝します。里枝が長男の悠人を連れて実家に戻ることを決断したのは、この時でした。
谷口大祐の死後、里枝を昔からよく知る近所の者たちは、「あの子も符が悪いねぇ。・・・・・・・」 とつくづく同情した。「符が悪い」 というのは、不運だという意味である。
不幸は、誰にでも起こり得る。しかし、大きな不幸となると、人生に一度あるかどうかではないかと、漠然と思いがちである。幸福な人は、一種の世間知らずからそう想像する。現に不幸を経験した人は、切実な願望としてそれを祈る。けれども、一度で十分という大きな不幸には、どうも、二度三度としつこく同じ人を追い回す野良犬のようなところがある。
谷口大祐の早世を含めて、里枝はこの時期、その最も愛する者を、立て続けに三人失っていた。(P13.14/一部省略)
里枝の亡夫、谷口大祐がこの町 - 宮崎県の丁度真ん中あたりに位置するS市 - に移住してきたのは、2007年、過疎化が進んだ山間部の小村が廃村になり、その村をテーマにしたドキュメンタリー映画が公開され話題になった少し前のことです。
谷口大祐は、林業で生計を立てたいと、未経験者として、三十五歳で伊東林産に就職し、四年間、社長が敬服するほどの生真面目さで働き続け、最後は自分で伐採した杉の木の下敷きになって死んだのでした。
大祐はその時、三十九歳。後に里枝が、自分の人生でこの時期ほど幸せなことはなかったと振り返る二人の結婚生活は、僅か三年九ヶ月ほどで終わりを告げたのでした。
- これが物語の発端で、このあと、大祐の兄・谷口恭一の登場で、里枝は “さらなる不幸” を背負い込むことになります。弟の死を知り里枝の実家を訪れた兄・恭一は、仏間の遺影を見て、あろうことか、これは大祐ではない、全然別人ですよ - と言ったのでした。
※ここでは敢えて 「里枝」 に焦点をあて書いてみました。実はこの小説の主人公は別におり、[あらすじ]紹介の最初と最後に出てくる弁護士の城戸章良という人物です。里枝でもなく大祐でもなく、なぜ 「城戸さん」(作者は親しみを込めて彼をそう呼んでいます)なのか。それはこの物語の冒頭、「序」 で確認ください。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆平野 啓一郎
1975年愛知県生まれ。
京都大学法学部卒業。
作品 「日蝕」「葬送」「滴り落ちる時計たちの波紋」「決裂」「ドーン」「空白を満たしなさい」「透明な迷宮」「マチネの終わりに」他
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