『女たちの避難所』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文
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『女たちの避難所』(垣谷美雨), 作家別(か行), 垣谷美雨, 書評(あ行)
『女たちの避難所』垣谷 美雨 新潮文庫 2017年7月1日発行
九死に一生を得た福子は津波から助けた少年と、乳飲み子を抱えた遠乃は舅や義兄と、息子とはぐれたシングルマザーの渚は一人、避難所へ向かった。だがそこは、”絆” を盾に段ボールの仕切りも使わせない監視社会。男尊女卑が蔓延り、美しい遠乃は好奇の目の中、授乳もままならなかった。やがて虐げられた女たちは静かに怒り、立ち上がる。憤りで読む手が止まらぬ衝撃の震災小説。『避難所』 改題。(新潮文庫)
一昨日、昨日と続けて二晩、NHKのドキュメンタリー番組を観ました。言わずもがな、あの大震災のことです。
そこでは、8年を経た今ある被災地の現状が描かれていました。亡くなった人のことではありません。命からがら生き延びた、今を生きる人のことです。
未だ復興とは程遠い状況にある中で、多くの被災者はそれぞれに、生きる上での難題を抱え、疲れ果て、それは震災直後と比べ、なお悲惨なものになってはいまいかと。
私は、そんなことであるのを初めて知りました。今更ながら思うのは、あの日以降連日報道された津波や原発事故の様子に、随所に設けられた避難所の状況に、いったい私は何を感じたのだろうと。見るべきを見て、想像すべきことを想像できたのだろうかと。
この本を読んで、改めて考えました。
確かに、当事者にしかわからないことがあります。震災直後の避難所での生活もそうなら、そこで問題となる女性に特有の事なら殊更に。
はじめ避難所には、あって当然と思われる 「間仕切り」 がなかったのだそうです。授乳や着替えの場所もない避難所というのは、女性にしてみれば、恐ろしく片手落ちな場所に違いありません。男の私ですらわかるのに、
当時、それが意図的に、使われない避難所があったといいます。
「被災者同士は家族のようなもの、間仕切りで分けるなんて水臭い、という男性リーダーがいて、間仕切りを使えなかった」 ことが現にあったという事実に唖然としました。
物語は、福子、遠乃、渚という、生きてきた状況も震災当日の状況も、年齢もまるで違う3人の女性が登場し、ある避難所で偶然に出会うところから始まってゆきます。
3人はそれぞれに、人に言えない辛い事情を抱えています。抱えつつ被災者となり、同じ避難所で暮らすようになります。互いの事情がわかるうち、震災に遭い避難所暮らしをする中で、それぞれが抱える事情の根源が、実は今いる避難所にもあることに気付きます。
それは、垣根があってないが如くの田舎に共通する悪しき共同意識、根強く残る男尊女卑の慣例 - 3人はいつしか気持ちを共有し、静かに怒りを留め、爆発するその時を待ちます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆垣谷 美雨
1959年兵庫県豊岡市生まれ。
明治大学文学部文学科フランス文学専攻卒業。
作品 「竜巻ガール」「ニュータウンは黄昏れて」「後悔病棟」「農ガール、農ライフ」「老後の資金がありません」「夫の墓には入りません」他多数
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