『ゼツメツ少年』(重松清)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『ゼツメツ少年』(重松清), 作家別(さ行), 書評(さ行), 重松清

『ゼツメツ少年』重松 清 新潮文庫 2016年7月1日発行

「センセイ、僕たちを助けてください」 ある小説家のもとに、手紙が届いた。送り主である中学二年のタケシと、小学五年の男子リュウに女子のジュン。学校や家で居場所をなくした三人を、「物語」 の中に隠してほしい。その不思議な願いに応えて、彼らのお話を綴り始めたセンセイだったが - 。想像力の奇跡を信じ、哀しみの先にある光を探す、驚きと感涙の長編。毎日出版文化賞受賞。(新潮文庫)

パキケタス・アトッキ、アンブロケタス・ナタンス、ロドケタス・カスラニ、ドルドン・アトロックス、バシロサウルス・セトイデス・・・・・・・。
舌を噛みそうな原始クジラの名前をすらすらと口にしたタケシは、
昔のクジラは脚があったんだと言った。

だって、クジラはもともと陸に棲んでたんだから
知らなかった。生き物はすべて海で生まれ、そこから陸に上がったのが他の哺乳類や爬虫類や鳥類などで、クジラはずっと海に残ったままの生き物なんだと思っていた。

だったら、クジラって、最初は海で生まれて、それから陸に上がって・・・・・・・
また戻ったんだよ、海に
なんで?
タケシはまたしばらく、うーん、と考え込んでから答えた。

俺の考えだけど・・・・・・・負けたんだよ、クジラの祖先は
負けたって、誰に?
他の動物に。このまま陸にいても、他の動物に食べ物を取られちゃって生きていけないから、強い動物のいない海に逃げたんじゃないかって、俺、ヤマ勘だけど、思ってる

タケシはそう言って、リュウの知らない言葉をまた口にした。

テーチス海 - 。
ずっと昔、インドは島だった。ユーラシア大陸とインドの間にあった海は、テーチス海と名付けられている。クジラの祖先は、テーチス海の岸辺から海に帰っていったのだ。

どんな気持ちだったんだろうあ、せっかく何万年とか何十万年もかけて海から陸に上がってきたのに、また海に帰っていくのって・・・・・・・悔しかったのかなあ、それとも、ほんとうのふるさとに帰れてうれしかったのかなあ・・・・・・・

べつになにも考えてないんじゃないの、とリュウが笑うと、タケシはちょっと怒った顔になった。
大事なのは想像力だよ
おまえも想像してみろよ、と言われた。(第一章 「テーチス海の岸辺」 より)

合宿を主催したのは 『かくれんぼの会』 というサークルでした。いじめなどが原因で学校を長期間休みつづけている子どもたちと、その親を支援する団体です。

二泊三日の合宿に参加すると決めた時、既にタケシは 「家出する」 ことを決意しています。中学二年生の夏休みのことです。

タケシは、そこで二人の小学生と出会うことになります。そして彼らこそが、タケシが探し出そうとしていた “仲間” でした。共に小学五年生のリュウとジュンは、タケシが思う仲間の条件に、みごとに一致していたのでした。

条件は、ただ一つ - 。「ゼツメツしたくないって思ってるヤツ」 ということでした。

三人は同じ思いを持っている - 会うとタケシには、それがすぐにわかります。

リュウは、そのときタケシが何を言っているのかさっぱりわかりません。なぜかはわからないのですが、妙に胸がドキドキします。

その頃リュウは、学校でいじめに遭っています。ジュンはどこにも居場所がありません。

タケシには尊敬できる兄がおり、しかしタケシが思うほどには兄のトオルはタケシのことが好きではありません。トオルだけではなく、タケシは両親からもひどく蔑ろに扱われています。

※甘くみてはいけません。この物語には壮大な仕掛けが施してあります。三人の少年少女の他に、物語には彼らと等しく重要な何人もの人物が登場します。読むうち、あなたはちょっと “まごつく” かもしれません。大事なのは想像力です。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆重松 清
1963年岡山県津山市生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。

作品「定年ゴジラ」「カカシの夏休み」「ビタミンF」「十字架」「流星ワゴン」「疾走」「カシオペアの丘で」「ナイフ」「星のかけら」「また次の春へ」他多数

関連記事

『天国はまだ遠く』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『天国はまだ遠く』瀬尾 まいこ 新潮文庫 2022年5月25日 29刷 著者史上

記事を読む

『消滅世界』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『消滅世界』村田 沙耶香 河出文庫 2018年7月20日初版 世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍

記事を読む

『すべて真夜中の恋人たち』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『すべて真夜中の恋人たち』川上 未映子 講談社文庫 2014年10月15日第一刷 わたしは三束

記事を読む

『草にすわる』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『草にすわる』白石 一文 文春文庫 2021年1月10日第1刷 一度倒れた人間が、

記事を読む

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』辻村 深月 講談社 2009年9月14日第一刷 辻村深月がこの小説で

記事を読む

『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)_書評という名の読書感想文

『その可能性はすでに考えた』井上 真偽 講談社文庫 2018年2月15日第一刷 山村で起きたカルト

記事を読む

『殺人依存症』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『殺人依存症』櫛木 理宇 幻冬舎文庫 2020年10月10日初版 息子を六年前に亡

記事を読む

『サロメ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『サロメ』原田 マハ 文春文庫 2020年5月10日第1刷 頽廃に彩られた十九世紀

記事を読む

『政治的に正しい警察小説』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『政治的に正しい警察小説』葉真中 顕 小学館文庫 2017年10月11日初版 飛ぶ

記事を読む

『その日東京駅五時二十五分発』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『その日東京駅五時二十五分発』西川 美和 新潮文庫 2015年1月1日発行 ぼくは何も考えてな

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『滅私』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『滅私』羽田 圭介 新潮文庫 2024年8月1日 発行 「楽っ

『あめりかむら』(石田千)_書評という名の読書感想文

『あめりかむら』石田 千 新潮文庫 2024年8月1日 発行

『インドラネット』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『インドラネット』桐野 夏生 角川文庫 2024年7月25日 初版発

『ブルース Red 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ブルース Red 』桜木 紫乃 文春文庫 2024年8月10日 第

『境界線』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『境界線』中山 七里 宝島社文庫 2024年8月19日 第1刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑