『絶叫』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『絶叫』(葉真中顕), 作家別(は行), 書評(さ行), 葉真中顕

『絶叫』葉真中 顕 光文社文庫 2019年3月5日第7刷

- 私を棄てたこの世界を騙す。奈落の先に待つ、あなたの 「自由」。

マンションで孤独死体となって発見された女性の名は、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足跡を追うほどにその壮絶な半生を知る。平凡な人生を送るはずが、無縁社会、ブラック企業、そしてより深い闇の世界へ・・・・・・・。辿り着いた先に待ち受ける予測不能の真実とは!? ミステリー、社会派サスペンス、エンタテインメント。小説の魅力を存分に注ぎ込み、さらなる高みに到達した衝撃作! (光文社文庫)

最近読んだものの中では最も印象に残る一冊。一気読み必至の社会派サスペンスの傑作です。心ゆくまでご堪能ください。

ヒロイン・陽子は1973年生まれの団塊ジュニア世代、母・妙子は団塊の世代だ。世代間ギャップを代表するかのようなヒロインとその母の落差は、そのまま日本の戦後史を裏書きする。ごく普通の地方都市の高卒事務員だった妙子は、ごく普通の結婚をし、ごく普通の専業主婦になり、ごく普通の住宅地にマイホームを建て、ごく普通の一男一女に恵まれ、ごく普通の幸せを享受していた・・・・・・・はずが、人生の急展開で、あのラストである。

妙子の 幸福 と、その後の陽子の人生は、この国で戦後女性たちが辿ったライフコースの対照性を鮮やかに描き出している。妙子が 幸せ とたびたび口にするのは、幸せになる ことこそが、戦後昭和における 女の上がり だったからに違いない。(後略)

女性が一人で食べていくことのできる職業はまだまだ限られ、たとえ成績が良くても進学には親の理解が得られなかった時代、あらゆる挑戦や可能性の芽を摘まれながら、そこそこの幸せ になることだけが唯一の成功とされた時代だったからこそ、妙子は幸せにならねばならなかったし、幸せだと口にして周囲に賛同してもらわねばならなかった。

この 女の幸せという呪い は、厄介なまでに娘・陽子の人生に絡みついていく。

- もしも陽子が違う両親のもとに生まれていたとしたら、と考えてみる。詮無いことではあるが、それでも、これほどまでには苦しむことはなかったろうにと。年老いた母を殺し、自ら死んでまで己の存在を消そうとはしなかったはずだ。

自分が果たせなかった社会的成功を託し、妙子の 代理自己 と目していた息子・純のあっけない自殺は、物語の中心部に喪失と空白地帯を生む。親の期待や欲望、世間の目、あるいはいじめ・・・・・・・等の憶測を横に置き、純は 自由 だ。その自由は、やがて陽子に共有されて行く。すべてはただの自然現象 だという純の台詞はまるで悟りの境地のようだが、この感覚は、あらゆる社会現象を独善的な幸福感からしか眺めようとしない妙子と好対照だ。

妙子が幸福感からしか物事の価値を計れないのに対し、陽子の人生は序盤、諦念を基調としている。圧巻であったのは、物語の中盤に訪れる、陽子のあまりにもスムーズな転落ではないだろうか。そして恐ろしいことに、バブル崩壊後の日本人女性を題材とすれば、この転落譚は極めてリアリティがある。(詩人、社会学者 水無田気流/解説より抜粋)

転落して行く陽子の人生、遂には犯罪に手を染めてしまう彼女の 「変節」 の真の動機とは、一体何だったのか?

彼女は並みの学力と並みの容姿 - しか、持ち合わせてはいません。しかしそれを言うなら、生きとし生きる者の大方がまたそうである中で、なぜ彼女だけが狂気へと突き進んだのでしょう。

家族にあって一人疎外されたような存在だった彼女は、初恋の男性と再会し結婚したことで、ようやく自分の 「居場所」 を見つけます。ところが、男性の浮気がもとでその結婚生活は僅かばかりの期間で終わりを告げます。

母のいる実家に頼らず、彼女は自立することを決心します。自立に必要なだけの収入を得ようとするのですが、これが上手く行きません。正社員での仕事は見つからず、不安定な上低賃金な派遣社員にしかなれません。

コールセンターを辞めた後、誘い文句に絆されて、彼女は 「生保レディ」 になります。契約実績を維持するために 「自爆」 を繰り返し、そのうち 「枕営業」 をするようになります。

それがバレて会社を馘になり、次に彼女は 「デリヘル嬢」 になります。やがてある事件に巻き込まれ、それがもとで遂に彼女は、ヤクザまがいの男・神代武の 「情婦」 となります。

NPO法人 『カインド・ネット』 の代表者である神代は、実は、ホームレスなどの貧困者を囲い込み、生活保護の申請を請負い、支給された金額の大方をピンハネして成る組織のリーダーでもありました。陽子はその神代に、ある企みを持ちかけます。ここに至り、彼女は保険金目当ての殺人に加担することになります。

人生は個人の選択とは関係なく壊れるときには壊れるもの」- この言葉が、言葉通りに描かれてゆきます。

◆この本を読んでみてください係数 85/100

◆葉真中 顕
1976年東京都生まれ。
東京学芸大学教育学部中退。

作品 「ロスト・ケア」「ブラック・ドッグ」「コクーン」「政治的に正しい警察小説」「凍てつく太陽」他

関連記事

『少女奇譚/あたしたちは無敵』(朝倉かすみ)_朝倉かすみが描く少女の “リアル”

『少女奇譚/あたしたちは無敵』朝倉 かすみ 角川文庫 2019年10月25日初版

記事を読む

『三面記事小説』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『三面記事小説』角田 光代 文芸春秋 2007年9月30日第一刷 「愛の巣」:夫が殺した不倫

記事を読む

『十一月に死んだ悪魔』(愛川晶)_書評という名の読書感想文

『十一月に死んだ悪魔』愛川 晶 文春文庫 2016年11月10日第一刷 売れない小説家「碧井聖」こ

記事を読む

『殺戮にいたる病』(我孫子武丸)_書評という名の読書感想文

『殺戮にいたる病』我孫子 武丸 講談社文庫 2013年10月13日第一刷 東京の繁華街で次々と猟奇

記事を読む

『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『僕が殺した人と僕を殺した人』東山 彰良 文藝春秋 2017年5月10日第一刷 第69回 読売文

記事を読む

『切羽へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『切羽へ』井上 荒野 新潮文庫 2010年11月1日発行 かつて炭鉱で栄えた離島で、小学校の養

記事を読む

『知らない女が僕の部屋で死んでいた』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『知らない女が僕の部屋で死んでいた』草凪 優 実業之日本社文庫 2020年6月15日初版

記事を読む

『夜は終わらない』上下 (星野智幸)_書評という名の読書感想文

『夜は終わらない』上下 星野 智幸 講談社文庫 2018年2月15日第一刷 「婚約者が自殺した」と

記事を読む

『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』中山 七里 講談社文庫 2013年11月15日第一刷 御子柴礼司は被

記事を読む

『絶唱』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『絶唱』湊 かなえ 新潮文庫 2019年7月1日発行 悲しみしかないと、思っていた。

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『パッキパキ北京』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『パッキパキ北京』綿矢 りさ 集英社 2023年12月10日 第1刷

『山亭ミアキス』(古内一絵)_書評という名の読書感想文

『山亭ミアキス』古内 一絵 角川文庫 2024年1月25日 初版発行

『旅する練習』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『旅する練習』乗代 雄介 講談社文庫 2024年1月16日 第1刷発

『あなたの燃える左手で』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『あなたの燃える左手で』朝比奈 秋 河出書房新社 2023年12月1

『漂砂のうたう』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『漂砂のうたう』木内 昇 集英社文庫 2015年6月6日 第2刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑