『国境』(黒川博行)_書評という名の読書感想文(その2)

公開日: : 最終更新日:2015/04/23 『国境』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(か行), 黒川博行

『国境』(その2)黒川 博行 講談社 2001年10月30日第一刷


国境(下) (文春文庫)

 

羅津・先鋒は咸鏡北道の北の果て、平壌からは直線距離にして約500km・・。北朝鮮での追跡劇は、一旦平壌で幕を閉じます。

ここまでの経過は、『国境』(その1)
・・・・・・・・・・
4泊5日のパックツアーの最終日から数えて一週間後、二宮と桑原に柳井を加えた3人は、いよいよ中朝国境ルートで羅津・先鋒を目指すべく、再び日本を離れます。

成田から国境沿いの延吉に入り、図們を経て琿春から豆満江を渡って北朝鮮側の元汀里へ潜入するというコースです。先鋒郡は元汀里から南へ33km、さらに西へ15km進むと羅津市へ入ります。

二宮と桑原を助けたのは、平壌で知り合った突撃隊(日本で言う愚連隊、ゴロツキ)のボス・黄慶化でした。図們では琿春の行商人の元締・車博先、その先の琿春では李源鎬が案内に付きますが、すべて黄の支配下にいる優秀で老獪な先導役です。

車はセメント運搬用に見立てたトラックを準備し、李は二宮と桑原に偽の通行証を与えます。二宮は白光鉄(ペク・グァンチョル)、桑原は韓昇竜(ハン・スンリョン)、この先二人は漢族の行商人・ペクさんとハンさんになって北朝鮮へ潜入することになります。

平壌駅から羅津・先鋒行きの列車に乗り込んだ趙が向かった先は、経済特区内にある〈羅津・先鋒対外経済貿易社〉でした。趙を匿ったのは徐鉄煥、政府対外総局部長です。趙は楸津のバンガローに潜んだ後、親戚が住む会寧の西沙里へと潜伏先を変えて行きます。

国境線に辿り着くまでの険しい山道。豆満江に架かる元汀橋を挟んでの、中国側の通関と北朝鮮側の通関。通関の次は、10号哨所(道や市の境界線にある検問所)。トラックの思わぬ事故で徒歩を強いられた一行にとって、目指す先鋒ははるか遠くです。

行きもさることながら、圧巻はやはり帰路です。趙を追い詰めた後、二宮と桑原、案内人の李は豆満江を泳いで中国側へ戻ることになります。脱北者さながらの逃走劇は、この小説最大の読みどころです。3人はそれぞれに、死の間際の恐怖を体験します。

日本ではおよそ考えられない状況、絶対的な権力と怯えるだけでひたすら貧しい住民の暮らし、危険極まりない越境体験で、二宮と桑原はその実態を身をもって思い知るのです。
・・・・・・・・・・
最終的に二宮と桑原は趙を見つけ出して追い詰めますが、問い質してみると趙の背後にいたのは復興住宅にいた石井利夫でした。別名許文輔、石井は朝鮮労働党外交部の幹部だったのです。趙が語った作り話は、すべて石井が計画したものでした。

その石井を、裏で糸ひく金主がいる。その人物こそ、一連の詐欺事件の黒幕であることが判明します。物語のラストはシリーズらしく、桑原のイケイケぶりと二宮のオタオタぶりが絶妙にマッチした、いつもの活劇が繰り広げられますのでご安心ください。

最後まで息もつかせぬストーリー展開はさすがですが、今回は何と言っても越境シーンに限ります。それと、北朝鮮という国の実情。下手な解説本の何倍も解り易く、異常な体制下で耐え忍ぶ庶民の暮らしぶりを学んだ思いです。

革命博物館前の広場に立つ、巨大な金日成の銅像。この銅像は、衛兵をかねた人民軍の兵士が、深夜に足場を組んで毎日磨きあげているらしい。藁を塗り込めた土塀とガラスのない格子窓、平壌から遠く離れた農家の鴨居に掛かっているのは金日成と金正日の肖像画。

李が、黄に趙の捜索状況を説明しています。二人は同じ朝鮮語を喋りながら、一方は中国人、もう一方は北朝鮮人なのです。「一筋の川を挟んで、こっちは豚の飼料を食い、あっちは豚の肉を食うている。なんかしらんけど、おれは割り切れへん」・・二宮が、ふと呟いた言葉が印象に残ります。
・・・・・・・・・・
平壌から羅津・先鋒、国境沿いでの攻防、いずれも緊迫した息を呑むような場面が連続しますが、そんな中でも桑原のイケイケぶりと二宮のボケは健在です。最後にひとつだけ、読み過ごして後から悔しい思いをした場面を紹介します。

初めての渡航時、平壌のホテルでのことです。3人は現地の情報を得るために、柳井の知り合いの崔泳鎮を待っているのですが、そこへ2人の突撃隊がやって来ます。じつは社会安全員(北朝鮮の警察)に見張られており、彼らと接触するのは非常にまずい状況です。

安全員が2人の突撃隊を指して何者だと問うのに対して、桑原は口から出まかせの言い訳をします。
「わしの知り合いの帰国者や。名前は、崔サンワンと金リャンソ。わしは在日僑胞の親戚に頼まれて金をとどけにきた」

・・・みなさん、お気づきですか?
サンワンもリャンソも、麻雀の牌(パイ)ですよ!! ホンマ、よう思いつくわ。

 

この本を読んでみてください係数 95/100


国境(下) (文春文庫)

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。
スーパーの社員、高校の美術教師を経て、専業作家。無類のギャンブル好き。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「キャッツアイころがった」「カウント・プラン」「絵が殺した」「疫病神」「悪果」「文福茶釜」「暗礁」「螻蛄」「破門」「後妻業」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『死刑にいたる病』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『死刑にいたる病』櫛木 理宇 早川書房 2017年10月25日発行 死刑にいたる病 (ハヤカワ

記事を読む

『血縁』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『血縁』長岡 弘樹 集英社文庫 2019年9月25日第1刷 血縁 (集英社文庫) コン

記事を読む

『火車』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『火車』宮部 みゆき 新潮文庫 2020年5月10日87刷 火車 (新潮文庫) ミステ

記事を読む

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷 銀河鉄道の父 第158回直木賞

記事を読む

『玩具の言い分』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『玩具の言い分』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2012年7月30日初版 玩具の言い分 (祥伝社文庫

記事を読む

『コクーン』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『コクーン』葉真中 顕 光文社文庫 2019年4月20日初版 コクーン (光文社文庫)

記事を読む

『桃源』(黒川博行)_「な、勤ちゃん、刑事稼業は上司より相棒や」

『桃源』黒川 博行 集英社 2019年11月30日第1刷 桃源 沖縄の互助組織、模合

記事を読む

『公園』(荻世いをら)_書評という名の読書感想文

『公園』荻世 いをら 河出書房新社 2006年11月30日初版 公園  

記事を読む

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 暗いところで待ち合わせ

記事を読む

『ここは私たちのいない場所』(白石一文)_あいつが死んで5時間後の世界

『ここは私たちのいない場所』白石 一文 新潮文庫 2019年9月1日発行 ここは私たちのいな

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版

『三千円の使いかた』(原田ひ香)_書評という名の読書感想文

『三千円の使いかた』原田 ひ香 中公文庫 2021年8月25日初版

『トリニティ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『トリニティ』窪 美澄 新潮文庫 2021年9月1日発行 トリ

『エリザベスの友達』(村田喜代子)_書評という名の読書感想文

『エリザベスの友達』村田 喜代子 新潮文庫 2021年9月1日発行

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』大石 圭 光文社文庫 2021年

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑