『私の消滅』(中村文則)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『私の消滅』(中村文則), 中村文則, 作家別(な行), 書評(わ行)
『私の消滅』中村 文則 文春文庫 2019年7月10日第1刷

「このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない」
一行目にそう書かれた手記を、古びたコテージの一室で読む男。部屋には彼が成り代わる 「小塚亮大」 と呼ばれる人間の身分証と、一つのスーツケースがある。そこから始まる物語は、やがて想像を絶する展開へと突き進んでいく。
物語の中盤に仕掛けられた 「衝撃」。世界が賞賛する才能が生み出した、あまりにも壮絶なミステリー。(帯文より)
「先生に、私の全てを知ってもらいたいのです。私の内面に入れますか」 心療内科を訪れた美しい女性、ゆかり。男は彼女の記憶に奇妙に欠けた部分があることに気付き、その原因を追い始める - 。傷つき、損なわれたものを元に戻したいと思うことは冒瀆なのか。Bunkamura ドゥマゴ文学賞を受賞した傑作長編小説。(文春文庫)
中村文則の17冊目の小説 『私の消滅』 を読みました。
読むといつも思うのですが、何故私はこの人が書いた小説を読みたいと思うのか、出ると思わず買ってしまうのだろうかと。性懲りもなく、よくわかりもしないくせに。
順を追って書くにはあまりにややこしく、途中で誰が誰だかわからなくなります。一度読んだくらいでは、こうだと言い切る自信が持てません。多くの仕掛けがあり、安易に読むと何が何だかわからなくなります。時々、(おそらく) 嘘が書いてあります。
事の起こりはある恋愛である。だが、その恋愛は幸福な形では成就しない。それを阻害したのはある 「悪意」 である。そこから、別の 「悪意」 が発動する。復讐と言ってもいいが、それは決して憎しみを浄化しない。もっと恐ろしく、遠大な、悪意そのものへの挑戦。憎しみの連鎖というような生ぬるいものではない。悪意が別の悪意を誘発し、悪そのものが拡幅され、世界を暗く、黒く塗りつぶしていく。
その 「悪意」 は、これまでもずっと中村文則が描いてきたものだ。すなわち、自分の外、社会や世間によって生じさせられるものと、自己内の暗部でいつのまにか増幅されていくもの。『私の消滅』 では、内面の 「悪」、それも、本人すら認識し得ない無意識の底から浮かび上がってくる得体のしれない 「悪」 について、徹底的な掘り下げがなされていく。
小塚というある心療内科医が書いた手記が中心に据えられる。そこには、幼い頃妹に殺意を抱き、母を傷つけた苦しみの生い立ちと共に、患者として出会った女性の凄絶な半生が書き加えられる。内なる他者に唆されて凶行に及んだのではないかという、宮崎勤元死刑囚に関する分析的な論文も挿入される。
やがて、それらを読んでいる作中の 「私」 は、その手記の 「私」 が一体誰なのかわからなくなってくる。それが自分ではないと言い切れないのだ。同時に、その手記が本当に 「小塚」 によって書かれたものかということも曖昧に滲んでくる。(週刊読書人ウェブ/八木寧子氏による書評より抜粋)
※「手記」 は、ただ 「手記」 としか書かれていません。「小塚亮大」 が書いたものに違いない、とは思うのですが、では、その 「小塚亮大」 が本物の 「小塚亮大」 かどうかはわかりません。誰がそれを書き、それを誰が読んでいるのか。そこを考える必要があります。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆中村 文則
1977年愛知県東海市生まれ。
福島大学行政社会学部応用社会学科卒業。
作品 「銃」「遮光」「悪意の手記」「迷宮」「土の中の子供」「王国」「掏摸」「何もかも憂鬱な夜に」「A」「最後の命」「悪と仮面のルール」「教団X」他多数
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