『ちょっと今から人生かえてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文
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『ちょっと今から人生かえてくる』(北川恵海), 作家別(か行), 北川恵海, 書評(た行)
『ちょっと今から人生かえてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2019年7月25日初版
かつてブラック企業に勤めボロボロになったものの、謎の男ヤマモトと出会ったことで本来の自分を取り戻した青山(隆)。 そして彼の前から姿を消してしまったヤマモト - 。すべての働く人が共感して泣いた感動作 『ちょっと今から仕事やめてくる』 で語られなかった、珠玉の裏エピソードが、いま明かされる。青山とヤマモトの、そして彼らと出会った人たちの新しい物語が、また始まる。仕事に悩み、日々に迷う人たちに勇気を与える人生応援ストーリー!! この優しい物語を すべての働く人たちに (メディアワークス文庫)
第21回電撃小説大賞 〈メディアワークス文庫賞〉 に輝いた前作 『ちょっと今から仕事やめてくる』 は今から4年半ほど前、2015年2月25日に初版が発行されています。私が読んだのは第4版、4月末の頃でした。
その時の “感動” を、今も鮮明に覚えています。久々に、心の隅々までが洗われたような気分になりました。隆と違い、すでに私はサラリーマンとして長いキャリアを持つ身であったのですが、それでも (それゆえ) 強く共感したのでした。
誰しも、人は弱さを見せまいとして生きています。そしてその分、とても無理をしています。隆もまた、無理を承知で嫌な仕事をしています。
ブラック企業にこき使われて心身ともに衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうとしたところを 「ヤマモト」 と名乗る男に助けられた。同級生を自称する彼に心を開き、何かと助けてもらう隆だが、本物の同級生は海外滞在中ということがわかる。なぜ赤の他人をここまで? 気になった隆は、彼の名前で個人情報をネット検索するが、出てきたのは、三年前に激務で自殺した男のニュースだった - 。(前作 『ちょっと今から仕事やめてくる』 の文庫本裏の解説より抜粋)
- さて、ここからが 『ちょっと今から人生かえてくる』 になります。この物語は、隆と同じ (限りなくブラックに近い) 中堅の印刷会社に勤める彼の先輩 「五十嵐諒の場合」 から始まってゆきます。
営業に配属されて三日目、名刺を五十枚配ってこい、と言われた。配るだけでなく、必ず相手の名刺ももらってこい、と外に放りだされた。
終業時刻ギリギリまでねばり二十一枚の名刺を配った。さすがに一度社に戻ろうと、部署のドアを開けた瞬間、部長の怒鳴り声が響いた。先に帰っていた同期が涙を流していた。背中に冷や汗が伝った。
結局、その同期はひと月もたず退職した。(P8)
五十嵐にとり不幸中の幸いだったのは、彼の教育係だった先輩の存在でした。その先輩は五十嵐にとって唯一信頼に足る人物で、その後の彼の頑張りは、先輩から受けた指導があったからこそのことでした。
「一度契約を結んだ後が本番だ。いいか、絶対に先方から質問をさせるな。常にこちらから相手が望む以上の情報を与え、相手の要望を上回る気遣いを見せ続けるんだ。そうやって信頼を勝ち取れば、長いつき合いも望める」 力を込めて、先輩はそう言ったのでした。
ところがその先輩が、あろうことかある日突然、会社を辞めたのでした。
俺にとっての “当たり” に見えた先輩は、俺に呪縛のような言葉を残して会社を辞めた。
今、冷静になって考えてみると、もしかしたら先輩は俺の人生にとってとんだ “ハズレ” くじだったのかもしれない。当たりだと思ってしまったから、俺は辞めなかった。ギリギリのところで踏みとどまってしまった。耐えられてしまった。
今になってふと思う。最初から “ハズレ” だとわかっていれば、俺はもっと早くに楽になれていたんじゃないか。
もっと早くに、この会社に見切りをつけられていたんじゃないのか。(P12.13)
実は、五十嵐はすでに大きく限界を超えています。契約こそ取れるものの、胃が痛み、嘔吐を繰り返し、仕事以外の場面ではまるで精気がありません。何かに抗い、何かに負けたくない一心だけで仕事をしています。「それが仕事だ」 と、固く信じています。
青山隆という名の後輩が入社したのは、そんな頃のことでした。
※スカっとできて最後は泣ける - もしもあなたが未読なら、本作より先に前作を、是非とも読んでみてください。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆北川 恵海
1981年大阪府吹田市生まれ。
作品「ちょっと今から仕事やめてくる」「ヒーローズ(株)!!! 」「続・ヒーローズ(株)!!! 」「星の降る家のローレン」など
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