『私に付け足されるもの』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

『私に付け足されるもの』長嶋 有 徳間書店 2018年12月31日初版

私に付け足されるもの (文芸書)

芥川賞、大江健三郎賞、谷崎潤一郎賞作家が贈る充実の12作品

トラに襲われたい。
くっつけたい。
あきらめたい。
地面を掘りたい。
移動したい。
いなくなってほしい。
一緒に日食が見たい。

- これは、くだらないのに難しい、願望の話。

【収録作品】
四十歳
白竜
Mr.セメントによろしく
どかない猫
潜行するガール
桃子のワープ
ムーンライト
雨漏りの音
先駆者の最後の黒
Gのシニフィエ・シニフィアン
瀬名川蓮子に付け足されるもの
そういう歌           - アマゾン内容紹介より

何やら思わせぶりなタイトルである。私に 「付け足されるもの」 とは何だろう? 書店のおススメ本にもなっていて、前から気にはなっていた。で、やっと読む気になった。

書いてあることの大方は愚にも付かない、取るに足らない些末な事だ。誰しも似たようなことがあるにはあるが、大抵はその場限りで忘れてしまうような、なかったことにしてやり過ごしてしまうような。概して後を引かない。深く掘り下げたりもしない。

ところが、いるのだ。思いのほか後を引き、思う以上に掘り下げてしまう人というのが。人生40年も生きれば、思い通りにならないことの方が多いに違いない。純なままでは生きられない。あることないことが付け足され、やがて、もとの自分と区分けがつかなくなってしまう。

桃子の背負うリュックは大きい。警棒のような誘導灯だけでない、ヘルメット、反射材のラインの入ったベストに手袋、支給された道具がほぼすべて入っている (家でにぎったおにぎりのサーモスもだ)。行った先に更衣室がないのだから、着替えが難しいのだとバイトの初日に気付いたが、それからは作業着姿で家を出るのにも慣れてしまった。濃紺の作業着姿は周囲から奇異にみえるだろうが、胸の反射材さえ外していれば、誰からも見咎められない。
本来、四十歳を過ぎた女が選ぶ仕事ではないのかもしれない。だが勤め始めて三ヶ月、桃子はこの仕事を気に入っていた。一日ずっと働き通した後は、臭い出す靴下をすぐに取り換えたくなるものの。
勤めてみるまで、この仕事を自分が気に入ると思っていなかった。意外だった。
たとえばこうして突然、よく知らない街の坂道を自分が下っている、そのことが仕事の面白みに関わっている。
自分の思い入れとか興味や目的とまるで無関係に行く先が定められる。「道路を補修したい」 だとか 「建設現場にダンプカーで資材を搬入したい」 といった、顔のみえないどこかの誰かの欲求に従って、知らない街の知らない道路に立って棒をふる仕事だ。
もっとも、自分ではない誰かの欲求と言い切ってしまうと、それは正しくない。全国どこの道もしかるべき補修を受け、安全に運行され続けていることは - 普段そんなことを意識していないとはいえ - 桃子の願うところではないかといえば、そんなこともないわけだ。
とにかく、前の週とか前日に突然告げられて、自分の興味とは無関係の行き先にいきなり向かう。
そんな風な 「移動」 を桃子はこれまでの人生で、したことがなかった。
風の向くまま気の向くまま。終電車にぶらり飛び乗って。ヒット曲で歌われるようなことを、自分は今、しているみたいだ。
全然、違うのだが。(第6話 「桃子のワープ」 より)

桃子は、交通誘導員の仕事をするのに欠かせない 「移動の感じ」 がいいと思っている。。彼女の 「本来」 の人生とはまた別の、この仕事をかなり気に入っている。

この本を読んでみてください係数  85/100

私に付け足されるもの (文芸書)

◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。

作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「夕子ちゃんの近道」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「泣かない女はいない」「問いのない答え」他多数

関連記事

『きりこについて』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『きりこについて』西 加奈子 角川書店 2011年10月25日初版 きりこについて (角川文庫

記事を読む

『十九歳の地図』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『十九歳の地図』中上 健次 河出文庫 2020年1月30日新装新版2刷 十九才の地図 (河出

記事を読む

『土の中の子供』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『土の中の子供』 中村 文則 新潮社 2005年7月30日発行 土の中の子供 (新潮文庫)

記事を読む

『ふくわらい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『ふくわらい』西 加奈子 朝日文庫 2015年9月30日第一刷 ふくわらい (朝日文庫)

記事を読む

『秋山善吉工務店』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『秋山善吉工務店』中山 七里 光文社文庫 2019年8月20日初版 秋山善吉工務店 (光文社

記事を読む

『教場』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『教場』長岡 弘樹 小学館 2013年6月24日初版 教場 この人の名前が広く知られるようになっ

記事を読む

『猫鳴り』沼田まほかる_書評という名の読書感想文

『猫鳴り』 沼田 まほかる 双葉文庫 2010年9月19日第一刷 猫鳴り (双葉文庫)

記事を読む

『その日東京駅五時二十五分発』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『その日東京駅五時二十五分発』西川 美和 新潮文庫 2015年1月1日発行 その日東京駅五時二

記事を読む

『私のことならほっといて』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『私のことならほっといて』田中 兆子 新潮社 2019年6月20日発行 私のことならほっとい

記事を読む

『私の恋人』(上田岳弘)_書評という名の読書感想文

『私の恋人』上田 岳弘 新潮文庫 2018年2月1日発行 私の恋人 (新潮文庫) 一人

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『入らずの森』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『入らずの森』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2016年12月31日第6

『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷 日没

『小説 ドラマ恐怖新聞』(原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ構成:乙一 ノベライズ:八坂圭)_書評という名の読書感想文

『小説 ドラマ恐怖新聞』原作:つのだじろう 脚本:高山直也 シリーズ

『夜がどれほど暗くても』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『夜がどれほど暗くても』中山 七里 ハルキ文庫 2020年10月8日

『ボニン浄土』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『ボニン浄土』宇佐美 まこと 小学館 2020年6月21日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑