『桃源』(黒川博行)_「な、勤ちゃん、刑事稼業は上司より相棒や」
公開日:
:
『桃源』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(た行), 黒川博行
『桃源』黒川 博行 集英社 2019年11月30日第1刷
沖縄の互助組織、模合 (もあい)。
グループで毎月集まって金を出し合い、欲しい人間から順に落札するこの制度で集めた、仲間の金六百万円を持ち逃げした比嘉の行方を追うこととなった大阪府泉尾署の刑事、新垣と上坂。
どうやら比嘉は沖縄に向かったらしいという情報をつかんだ二人が辿り着いたのは、沖縄近海に沈む中国船から美術品を引き上げるという大掛かりなトレジャーハントへの出資詐欺だった - 。
遺骨収集、景徳鎮、クルーザーチャーター。様々な情報と思惑が錯綜するなか、真実はどこに向かうのか。著者過去作の 『落英』 に登場した上坂が新たに組んだ相方は沖縄出身の色男・新垣。新結成の警察コンビが事件の謎に迫る!「黒豆コンビ」、「ブンと総長」 など初期警察小説から三十余年、黒川博行の新たな正統派警察捜査小説シリーズ、ここに誕生。刑事・新垣遼太郎×上坂勤が南西諸島を舞台とするトレジャーハント事件に挑む。(集英社/版元ドットコムより)
(2018年6月刊 『泥濘』 に次ぐ) 黒川博行の新刊 『桃源』 を読みました。
いつにも増して分厚い本で、全部で556ページあります。座って読んだり寝転んでみたり、右を向いたり左を向いたりして2日がかりで読み終えました。
いろいろ意見はあるのでしょうが、もしもあなたが、たとえば 『国境』 のような、かなりハードでスリリングな展開を思い描いているとするなら、(残念ながら) やや期待外れに終わるやもしれません。物語は、思いのほか淡々と進んでいきます。
それより何より、今回著者が一等描きたかったのは、(そうとは気付かせない中で) 実は 「刑事・上坂勤」 ではなかったかと - 。
※みなさんは 『落英』 に登場した (あの和歌山の) 上坂という刑事を覚えているでしょうか。本編を読めば 「ああ、あの時の・・・・・」 ときっと思い出すはずです。
錯綜した事件の真相を追う展開もさることながら、今回著者はそれに負けず劣らず、口を開けば映画の話か与太話、隙あらば旨いものを喰おうと相方を誘い、痛風持ちで靴が履けずにサンダル履きで捜査に当る、小太りで見栄えのしない一兵卒の刑事こそを描きたかったのではないのかと。
※直接捜査に当り、大阪と沖縄を右往左往する新垣と上坂の掛け合いの面白さは相変わらずで、(これまでのコンビの誰よりも) さらに磨きがかかっているやもしれません。
それで十分なのに、それが出色であるにもかかわらず、この物語の二人にはその滑稽さを敢えて演じてみせる素の部分、報われることのない現場の警察官の悲哀というものを何気に描き出しているような、そんな気がしてなりません。
二人は見た目以上に優秀で、思う以上にやさしい人間です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。
作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「迅雷」「離れ折紙」「悪果」「疫病神」「国境」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」「泥濘」他多数
関連記事
-
-
『虜囚の犬/元家裁調査官・白石洛』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文
『虜囚の犬/元家裁調査官・白石洛』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2023年3月25日初版発行
-
-
『トリツカレ男』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文
『トリツカレ男』いしい しんじ 新潮文庫 2006年4月1日発行 トリツカレ男 (新潮文庫)
-
-
『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文
『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷 罪の名前 (講談社文庫)
-
-
『砂に埋もれる犬』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『砂に埋もれる犬』桐野 夏生 朝日新聞出版 2021年10月30日第1刷 砂に埋もれる犬
-
-
『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。
『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 アニーの冷たい朝 (角川
-
-
『逃亡小説集』(吉田修一)_書評という名の読書感想文
『逃亡小説集』吉田 修一 角川文庫 2022年9月25日初版 映画原作 『犯罪小説集
-
-
『ドラママチ』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『ドラママチ』角田 光代 文春文庫 2009年6月10日第一刷 ドラママチ (文春文庫)
-
-
『今昔百鬼拾遺 河童』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文
『今昔百鬼拾遺 河童』京極 夏彦 角川文庫 2019年6月15日再版 今昔百鬼拾遺 河童 (
-
-
『天頂より少し下って』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『天頂より少し下って』川上 弘美 小学館文庫 2014年7月13日初版 天頂より少し下って (
-
-
『嗤う名医』(久坂部羊)_書評という名の読書感想文
『嗤う名医』久坂部 羊 集英社文庫 2016年8月25日第一刷 嗤う名医 (集英社文庫) 脊