『三の隣は五号室』(長嶋有)_あるアパートの一室のあるある物語

『三の隣は五号室』長嶋 有 中公文庫 2019年12月25日初版

三の隣は五号室 (中公文庫 (な74-1))

傷心のOLがいた。秘密を抱えた男がいた。病を得た伴侶が、異国の者が、単身赴任者が、どら息子が、居候が、苦学生が、ここにいた。そして全員が去った。それぞれの跡形を残して - 。
今はもういない者たちの一日一日が、こんなにもいとしい。驚きの手法で描かれる、小さな空間に流れた半世紀。優しく心を揺さぶる著者最高作。第52回谷崎潤一郎賞受賞 〈解説〉 村田沙耶香 (中公文庫)

三輪密人の次の住人、四元志郎の場合を例に -

変な間取りだと四元志郎は三輪密人よりもはっきりと思った。

不動産屋に間取り図を覗かせてもらったときは変だとは思わなかった。六畳と四畳半の和室。それぞれに一間と半間の押入れがある。それに台所と、風呂とトイレ。

縦長の五号室を俯瞰して大きく三分割してみたとき、奥が六畳間、真ん中が四畳半と台所、手前が玄関とトイレと風呂と分けられる。真ん中の四畳半の、三方が障子に囲まれているのが変なのだ。障子はそれぞれ奧の六畳、右手の台所、手前の玄関につづく。

「六畳、四畳半、キッチン三畳」 と契約書にはあるが、それと別に 「玄関の間」 とでもいうべきスペースもある。玄関の間の右手にはトイレ、左手は風呂と洗濯機置き場。玄関からみると、ノブのついたドアと障子が横に並んでみえる。

右のドアを開ければ台所 (左の障子は四畳半に続く)。台所に入ると、左手にも正面にも障子。左を開ければ四畳半で、正面は奥の六畳間。
最後の六畳間に入ってふりむけば、一面が四枚の障子戸で、その右側を開けば四畳半。左を開ければ台所に戻る。

つまり、この家にはいくつかのルートがある。寝室と定めた六畳間から、志郎が家の外に出るためには

①六畳→台所→玄関。
②六畳→四畳半→玄関。
③六畳→四畳半→台所→玄関。
④六畳→台所→四畳半→玄関。

四通りの行き方があり、つまり外に出る前からもう 「寄り道」 ができる。(本文より抜粋)

※僅か半年余りの単身赴任のために住み始めた当初、四元志郎はそんなことを考えたのでした。(かなりレトロな) 第一藤岡荘の二階にある五号室は、志郎がそう考える程度には “変な間取り” の部屋でした。

(部屋のイメージがいまいち掴み切れないという方、安心してください。ページでいうと26ページ。第一話が終わり、いよいよ五号室での暮らしのあれやこれやが詳らかになる第二話のはじめにあたり、とても見やすい間取り図が用意されています)

よくよく見れば、確かに “変” ではあります。想像してください。(四元志郎の言うように) 今日日 (きょうび)、真ん中の四畳半の、三方が障子に囲まれているのが変なのです。

さて、半世紀もの間に次々と入れ替わる、誰一人として似たような出自のいない住人の “住みっぷり” を、とくとご覧ください。どこか懐かしく、なぜか優しい気持ちになります。

この本を読んでみてください係数  85/100

三の隣は五号室 (中公文庫 (な74-1))

◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。

作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「夕子ちゃんの近道」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「私に付け足されるもの」「問いのない答え」他多数

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