『マタタビ潔子の猫魂』(朱野帰子)_派遣OL28歳の怒りが爆発するとき
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『マタタビ潔子の猫魂』(朱野帰子), 作家別(あ行), 書評(ま行), 朱野帰子
『マタタビ潔子の猫魂』朱野 帰子 角川文庫 2019年12月25日初版
地味で無口な派遣社員・潔子は、困った先輩や神経質な上司、いじわるな友人たちに悩まされては泣き寝入りする日々。実は彼らの嫌がらせは、謎の憑き物のせいだった。たまった恨みが爆発するとき、潔子は古来の憑き物・猫魂である飼い猫メロと合体して、黒ずくめの美女に大変身! 大胆不敵な 「仕返し」 で、ストレス社会に付け入る妖魔を退治していく。第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞した、痛快世直しエンターテインメント! (角川文庫)
(あの 『わたし、定時で帰ります。』 の著者のデビュー作です)
本書は、働く女性に向けた勧善懲悪の物語である。
と、言ってもいいのではないかと思うほど、働く女性に降りかかる不公平さであったり、女性同士のドロドロした人間関係であったりがリアルに描かれている。
とはいえ、なにも深刻になることはありません。むしろ面白可笑しく、その上痛快で、働く女性 - 特に、日頃抱えた鬱憤を晴らせずに、鬱々と、ウジウジと内にこもってばかりの貴女には、とっておきの一冊です。
たとえこの物語の設定が到底現実にはあり得ないことであったとしても、気にすることはありません。読んで貴女の抱えるストレスが見事解消できたとしたら、それが一番で、それこそが貴女にとって何より “現実” なのですから。
『女性あるある』 をエンターテインメント作品に仕立て上げ、猫魂 (ねこだま) という何とも魅惑的な異能を使って、降りかかる理不尽を打ち破っていくのだ。
だが、主人公である田万川潔子には、異能を使っている自覚はない。
飼い猫であるメロ (本名吉備唐万呂) だけが、全てを知っているのだ。
そして、この物語は、メロの視点で展開される。
四つあるストーリーのおおよその展開はこうです。
まずは、潔子が寝ている間、メロは異能によって、昼間に潔子が受けた理不尽な仕打ちのドキュメンタリーを見る。それによって、メロは潔子の身にどのようなことが降りかかったのかを知り、獲物の存在を予見する。
その後、潔子の負の感情が頂点に達した時、メロは自分の魂である猫魂を潔子に憑依させ、理不尽な仕打ちをした主犯へと復讐を果たすのだ。
理不尽な仕打ちをする主犯には、必ず憑き物が憑いている。憑き物は、メロにとって御馳走だ。憑き物といえば、狐であったり狸であったりというのが妖怪モノの定番だが、本書の憑き物は外来種なのである。
外来種の憑き物とはどんな憑き物で、誰に、何時如何なるときに、如何なる理由でもって憑りついてしまうのか? それもまた、読みどころのひとつではあります。
憑き物と言っても、取り憑いて呪い殺そうという類いではない。
だが、どのメンバーも、身の回りに必ず一人はいそうな人物で、憑き物要素を差し引いても、なかなか背筋が寒くなるし、むしろ、憑き物というファンタジーな存在が彼らの恐ろしさを緩和させていると言ってもいい。
この世の中は、魑魅魍魎で溢れている。
貴女の職場にもきっといるはずです。不機嫌さを包み隠さず理不尽に他者に当たり散らし、周囲から恐れられているベテラン社員や、任された新人を自分の私物のように扱い、罵詈雑言やどつきを日常的に行っている先輩、アルバイトをところかまわず罵倒し、上司には猫なで声をあげるチームリーダーなどが。
弱い立場の人間は、あげたくても声があげられません。生きていくためには、したくもない忖度をしなければなりません。黙って耐えるだけの潔子に、(メロがいるとはいえ) 果たして明るい未来はやってくるのでしょうか?
この本を読んでみてください係数 85/100
◆朱野 帰子
1979年東京都中野区生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。
作品 「海に降る」「わたし、定時で帰ります」「超聴覚者 七川小春 真実への潜入」「真壁家の相続」「科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました」「対岸の家事」他
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