『ほどけるとける』(大島真寿美)_彼女がまだ何者でもない頃の話

『ほどけるとける』大島 真寿美 角川文庫 2019年12月25日初版

ほどけるとける (角川文庫)

どうにも先が見えなくて、めんどくさくて、将来の夢もわからない - 。確固たる理由もないまま高校を突発的に中退し、祖父が営む銭湯を手伝っている18歳の美和。夢も希望も自信も失ったままモラトリアムの日々を過ごしていたが、漫画原作者の佐紀さんを始めとする常連客との交流や淡い恋を経て、進むべき道を見いだしていく。まだ何者でもなかったからこそのかけがえのない青春をみずみずしく描いた、珠玉の小説2編を収録。(角川文庫)

(中学生や高校生を含め) まだまだ若い人には 「ほどけるとける」 を、人生も半ばを過ぎ、何くれとなくもの思いに沈みがちなあなたには 「フィルムの外」 がおススメかと。

読むと何かが劇的に変化するかといえば、そういうことではありません。ただ、若い人はややもすると見失いがちな、歳を重ねた大人はとうの昔に忘れてしまった、そんなことに思い至るはずです。そしてそれが、思いのほか大事なことにも気付くはずです。

この本を機会に、あなた自身のことを思い出してみてください。美和や、〈ぼく〉 や由奈がする真っすぐ過ぎるやり取りの数々や、何気に感じた言葉にならない感情を。それに似た経験や記憶が、きっとあなたにもあるに違いありません。

それを無駄にはしていないでしょうか? 貴重なはずの人との交流や、二度とない日々にした大切な思い出を、いとも簡単に手放してはいないでしょうか? この本は、そんなことを教えてくれます。

本書は、2006年に単行本で刊行された 『ほどけるとける』 と、2014年7月に刊行されたアンソロジー 『ひとなつの。真夏に読みたい五つの物語』(角川文庫) に収録された 「フィルムの外」 の2篇を合わせた文庫である。高校を辞めて祖父の営む大和湯でアルバイトをはじめた少女、美和が常連客との交流や恋を経験しつつ、やがて自分の新たな道を見つけていくといういわばモラトリアム期間を描いた 「ほどけるとける」。映画撮影をしている洋館に滞在しているプロデューサー&監督夫婦の小学生の息子の 〈ぼく〉 と、近所の高校2年生の由奈が出会い、姉弟のように親しくしていたひと夏を描いた 「フィルムの外」。

どちらも、大きな出来事が起きるわけではない。でも確実に後々まで胸に刻まれる青春時代のひとときを描いた作品だ。また、どちらも、まだ何の役割も担っていない、自分が自分である必要のなかった時期、将来についてよくも悪くも無限大の可能性があった頃、つまり底抜けに自由だった季節の話。「ほどけるとける」 の第一章で、フジリネンのおじさんが語る。

「親しくなかったわけじゃないが、親しいっつっても、それはほんのいっときのことだ。ほんのいっとき、袖振り合うも多生の縁ってやつでよ、なんだか縁があったわけだよ。そいでもよ、あんなふうに夢見ちまうもんでさ」

美和が銭湯でのアルバイト期間に出合った人たちも、ひと夏だけのつきあいだった由奈とぼくも、その後会うことはないだろう。でも刹那的に出会ったこと自体が、少しだけその人の人生を豊かにして、少しだけその人の心の支えになっている。そんな教訓めいたことは本書のなかには一切書かれてはいないが、そんなことをやんわりと感じさせてくれる二篇である。(瀧井朝世/解説より)

[追記]
解説に、本書と合わせて読みたい二冊が紹介されています。その一冊が 「ほどけるとける」 の後に書かれた 『戦友の恋』 という連作集です。「ほどけるとける」 で主要脇役だった佐紀さんを主人公にした作品で、当然主には佐紀さんの日常が語られるのですが、この作品にも大和湯や美和が登場し、佐紀さんの目からは美和がどんなふうに見えていたのか、あるいは二人が交流を持っていた時期、実は佐紀さんに何が起きていたのかが明らかになります。

そしてもう一冊の - 「フィルムの外」 の作中で撮影されている映画は、おそらく2003年に単行本が刊行され、2015年に監督・風間詩織、主演・森川葵、菅田将暉で映画化された 『チョコリエッタ』(現角川文庫) であるらしい。

この本を読んでみてください係数  80/100

ほどけるとける (角川文庫)

◆大島 真寿美
1962年愛知県名古屋市生まれ。
南山短期大学人間関係科卒業。

作品 「宙の家」「ピエタ」「チョコリエッタ」「ビターシュガー」「ふじこさん」「あなたの本当の人生は」「ツタよ、ツタ」「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」他多数

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