『火のないところに煙は』(芦沢央)_絶対に疑ってはいけない。
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最終更新日:2020/03/26
『火のないところに煙は』(芦沢央), 作家別(あ行), 書評(は行), 芦沢央
『火のないところに煙は』芦沢 央 新潮社 2019年1月25日8刷
「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」。突然の依頼に、かつての凄惨な体験が作家の脳裏に浮かぶ。解けない謎、救えなかった友人、そこから逃げ出した自分。作家は、事件を小説にすることで解決を目論むが -- 。驚愕の展開とどんでん返しの波状攻撃、そして導かれる最恐の真実。読み始めたら引き返せない、戦慄の暗黒ミステリ! (新潮社)
[目次]
第一話 染み
第二話 お祓いを頼む女
第三話 妄言 (「火のないところに煙は」 を改題)
第四話 助けてって言ったのに
第五話 誰かの怪異
最終話 禁忌
- 榊さんはそれには答えず、『ところで』 と切り出した。
『どうして五つ目の話を書こうと思ったんだ』
「・・・・・・・何か問題がありましたか」 私はさらに不安になり、携帯を握る手に力を込めた。だが、榊さんは 『いや』 と短く否定し、『で、どうして書いた』 と繰り返す。
『一話目は 「神楽坂怪談」 を書くよう依頼があったから。二話目は一話目を読んだ君子さんから話をされたから。三話目は、その二話目の件で連絡を取ったついでに俺がふと思い出して話したから。四話目は、「小説新潮」 の校閲担当者が不動産会社勤務の飲み仲間に三話目の話をした流れで怪異が起こる家の話をされたから。五話目は、その飲み仲間の不動産会社社員が同業者に四話目の話をしたところ、さらに別の同業者がお祓いをしてくれる霊能者を探しているらしいという話になったから』
榊さんが一息に言った。あまりに淀みない口調に、私は言われた内容について深く考えることもできず 「あ、はい、そうです」 とひとまずうなづく。
『つまり、どれも別々の流れでたまたま持ち込まれた話だということになる』
「そうですけど・・・・・・・」
それがどうしたんですか、と尋ねる間もなく、『他にもいろんな話が持ち込まれたんじゃないか』 と質問を重ねられた。
『意図的に選んだわけじゃないんだな』
「意図的にというか、それも成り行きというか・・・・・・・何となく、これなら短篇になりそうだという話が見つかったから書いたというか」
『じゃあ、わざとじゃないのか』
「わざと? 」
先ほどから、榊さんが何を話そうとしているのかわからなかった。わからないからこそ、落ち着かない気持ちになる。
『今回、この話を改めて読んでいたら気になったんだ』 榊さんは私の言葉を遮るようにして言った。
『この岸根という男がこの後どうなったのか』
そう続けられて、この話というのが五話目の 「誰かの怪異」 のことだと遅れて理解する。そう言えば岸根さんの消息は 「岩永さんが電話をかけ直したけれど出なかった」 という以降は書かなかったし、そもそも岩永さんからも聞いていなかった。話しの本筋とは関係なかったからだ。
『死んだそうだ』
「え? 」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。訊き返そうと口を開くが、舌が上手く動かない。そのまま何も言えずにいるうちに、榊さんが 『あの一件の直後らしい』 と続ける。
「本当に、まさか亡くなったなんて・・・・・・・」
『それより問題なのは死に方だよ』
『突然、叫びながら車道に飛び出したらしい』
・・・・・・・ それは、つまり、どういうことなのか。(最終話 「禁忌」 より)
※取りあえず第一話を読んでみて下さい。気に入れば、あとは (飛ばさず) 続けて読むように。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。
作品 「罪の余白」「今だけのあの子」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「貘の耳たぶ」他
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