『愛のようだ』(長嶋有)_そうだ! それが愛なんだ。
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『愛のようだ』(長嶋有), 作家別(な行), 書評(あ行), 長嶋有
『愛のようだ』長嶋 有 中公文庫 2020年3月25日初版
40歳にして免許を取得した戸倉は、友人須崎、その恋人琴美と3人で、伊勢神宮へドライブに出かけた。本当の願掛けにいくのだ。著者初の書き下ろし。最初で最後の 「泣ける」 恋愛小説。(「BOOK」データベースより)
日産のラシーン。 『キン肉マン』 の歌。 琴美は須崎のことが、好き。
「戸倉、メール教えて」 帰り際、琴美が短く発した要望は妙に切迫した響きだったが、単に言葉を発するのが疲れるだけだろう。俺は琴美の携帯を手に取り、自分のアドレス宛に空メールを入力して送信した。病院のロビーを出て車椅子でも通れるスロープを歩き、途中で須崎に問いかけた。
「琴美さんに会うの、久しぶりだったの? 」 入室しての第一声がそんな感じだった。
「本当、久しぶりに会うみたいだったなあ俺」 須崎は変な返事をした。
「先々週に入院してから、三日に一度は通ってるよ」 それなのにその都度 「久しぶり」 と感じるくらいに、みるみる相貌が変化しているのだという。「手術に成功しても、再発のリスクは五割なんだとさ」 須崎は煙を吐きながらぼんやりと呟いた。
「そして、再発したら今度はもう百%ダメなんだと」 よく聞く話だ。「五年後生存率」 とかなんとか。「そんなの」 俺はいった。そんなの、漫画なら 「類型的」 すぎる。
「大丈夫だよ」 俺は無理矢理煙草を吸い込んで、わざと勢いよく煙を吐いた。「なんで」
「だって、琴美さん、そういうキャラじゃないもん」
「キャラじゃない、か」 漫画の専門家がいうのだから、そうかもな。須崎が励みに受け取ったのか、励まされた風にふるまってくれたのかは分からない。
(場面は飛んで) 伊勢神宮へ向かう途中、伊良湖岬から鳥羽行のフェリーに乗るところ。
ダッシュボードから車検証を取り出して須崎に手渡す。須崎一人、車を降りて発券場に向かった。琴美はペットボトルのお茶を一口ふくんだ。海猫かカモメが滑空している様を目で追っている。俺はスマートフォンでツイッターをチェックし始め、車内はしんとした。
「須崎ってさ・・・・・・・」
「うん」
「私のこと好きなのかな」 手に握ったスマホから、メールの受信を告げるチャイムが場違いに響いた。「え、」 なにをいってるんだとスマホを膝に置き、背もたれから背を離した。チミたち、あれじゃないのかね、つき合ってるんじゃないのかね。
琴美は生真面目な顔で俺をみていたから、冗談めかすのはやめた。「好きだろう」
「愛してるっていう好きかな」
「愛してるよ・・・・・・・うん、いや、絶対に好きだよ、でなければ・・・・・・・」 伊勢神宮をわざわざ選んだりしないだろう。「そっか」 と琴美は遮った。その声がほっとしたような響きだったことに、またなんだか驚いた。外で海猫が鳴き、なにかのエンジン音も響いた。琴美はもう自分の、退院して買いかえたばかりのスマートフォンに目を落としていた。
このしばらくの後、(ある出来事を挟んで) 戸倉はいきなり “変な気持ち” になります。
その時生じた変な気持ちこそが、人を好きになった、恋に落ちたということだと気づくのに、戸倉はかなりの時間を要します。突然琴美のことが気になり出したのですが、本人はまだ、それについての自覚がまるでありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。
作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「私に付け足されるもの」「問いのない答え」「三の隣は五号室」他多数
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