『愛のようだ』(長嶋有)_そうだ! それが愛なんだ。

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『愛のようだ』(長嶋有), 作家別(な行), 書評(あ行), 長嶋有

『愛のようだ』長嶋 有 中公文庫 2020年3月25日初版

40歳にして免許を取得した戸倉は、友人須崎、その恋人琴美と3人で、伊勢神宮へドライブに出かけた。本当の願掛けにいくのだ。著者初の書き下ろし。最初で最後の泣ける恋愛小説。(「BOOK」データベースより)

日産のラシーン。 『キン肉マン』 の歌。 琴美は須崎のことが、好き。

「戸倉、メール教えて」 帰り際、琴美が短く発した要望は妙に切迫した響きだったが、単に言葉を発するのが疲れるだけだろう。俺は琴美の携帯を手に取り、自分のアドレス宛に空メールを入力して送信した。病院のロビーを出て車椅子でも通れるスロープを歩き、途中で須崎に問いかけた。

「琴美さんに会うの、久しぶりだったの? 」 入室しての第一声がそんな感じだった。
「本当、久しぶりに会うみたいだったなあ俺」 須崎は変な返事をした。
「先々週に入院してから、三日に一度は通ってるよ」 それなのにその都度 「久しぶり」 と感じるくらいに、みるみる相貌が変化しているのだという。

「手術に成功しても、再発のリスクは五割なんだとさ」 須崎は煙を吐きながらぼんやりと呟いた。
「そして、再発したら今度はもう百%ダメなんだと」 よく聞く話だ。「五年後生存率」 とかなんとか。

「そんなの」 俺はいった。そんなの、漫画なら 「類型的」 すぎる。
「大丈夫だよ」 俺は無理矢理煙草を吸い込んで、わざと勢いよく煙を吐いた。

「なんで」
「だって、琴美さん、そういうキャラじゃないもん」
「キャラじゃない、か」 漫画の専門家がいうのだから、そうかもな。須崎が励みに受け取ったのか、励まされた風にふるまってくれたのかは分からない。

(場面は飛んで) 伊勢神宮へ向かう途中、伊良湖岬から鳥羽行のフェリーに乗るところ。

ダッシュボードから車検証を取り出して須崎に手渡す。須崎一人、車を降りて発券場に向かった。琴美はペットボトルのお茶を一口ふくんだ。海猫かカモメが滑空している様を目で追っている。俺はスマートフォンでツイッターをチェックし始め、車内はしんとした。

「須崎ってさ・・・・・・・」
「うん」
「私のこと好きなのかな」 手に握ったスマホから、メールの受信を告げるチャイムが場違いに響いた。

「え、」 なにをいってるんだとスマホを膝に置き、背もたれから背を離した。チミたち、あれじゃないのかね、つき合ってるんじゃないのかね。
琴美は生真面目な顔で俺をみていたから、冗談めかすのはやめた。

「好きだろう」
「愛してるっていう好きかな」
「愛してるよ・・・・・・・うん、いや、絶対に好きだよ、でなければ・・・・・・・」 伊勢神宮をわざわざ選んだりしないだろう。

「そっか」 と琴美は遮った。その声がほっとしたような響きだったことに、またなんだか驚いた。外で海猫が鳴き、なにかのエンジン音も響いた。琴美はもう自分の、退院して買いかえたばかりのスマートフォンに目を落としていた。

このしばらくの後、(ある出来事を挟んで) 戸倉はいきなり “変な気持ち” になります。

その時生じた変な気持ちこそが、人を好きになった、恋に落ちたということだと気づくのに、戸倉はかなりの時間を要します。突然琴美のことが気になり出したのですが、本人はまだ、それについての自覚がまるでありません。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。

作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「私に付け足されるもの」「問いのない答え」「三の隣は五号室」他多数

関連記事

『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太)_書評という名の読書感想文

『湯を沸かすほどの熱い愛』中野 量太 文春文庫 2016年10月10日第一刷 夫が出奔し家業の銭湯

記事を読む

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2024年1月1日 発行 た

記事を読む

『相棒に気をつけろ』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『相棒に気をつけろ』逢坂 剛 集英社文庫 2015年9月25日第一刷 世間師【せけんし】- 世

記事を読む

『能面検事の奮迅』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『能面検事の奮迅』中山 七里 光文社文庫 2024年4月20日 初版1刷発行 大阪地検のエー

記事を読む

『掲載禁止 撮影現場』 (長江俊和)_書評という名の読書感想文

『掲載禁止 撮影現場』 長江 俊和 新潮文庫 2023年11月1日 発行 「心臓の弱い方」

記事を読む

『死にゆく者の祈り』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『死にゆく者の祈り』中山 七里 新潮文庫 2022年4月15日2刷 死刑執行直前か

記事を読む

『サムのこと 猿に会う』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『サムのこと 猿に会う』西 加奈子 小学館文庫 2020年3月11日初版 そぼ降る

記事を読む

『ハラサキ』(野城亮)_書評という名の読書感想文

『ハラサキ』野城 亮 角川ホラー文庫 2017年10月25日初版 第24回日本ホラー小説大賞読者

記事を読む

『夫の墓には入りません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『夫の墓には入りません』垣谷 美雨 中公文庫 2019年1月25日初版 どうして悲し

記事を読む

『形影相弔・歪んだ忌日』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『形影相弔・歪んだ忌日』西村 賢太 新潮文庫 2016年1月1日発行 僅かに虚名が上がり、アブ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『鑑定人 氏家京太郎』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『鑑定人 氏家京太郎』中山 七里 宝島社 2025年2月15日 第1

『教誨師』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『教誨師』 堀川 惠子 講談社文庫 2025年2月10日 第8刷発行

『死神の精度』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『死神の精度』伊坂 幸太郎 文春文庫 2025年2月10日 新装版第

『それでも日々はつづくから』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『それでも日々はつづくから』燃え殻 新潮文庫 2025年2月1日 発

『透析を止めた日』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『透析を止めた日』 堀川 惠子 講談社 2025年2月3日 第5刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑