『じっと手を見る』(窪美澄)_自分の弱さ。人生の苦さ。
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『じっと手を見る』(窪美澄), 作家別(か行), 書評(さ行), 窪美澄
『じっと手を見る』窪 美澄 幻冬舎文庫 2020年4月10日初版
物語の舞台は、富士山が “誇るべき世界遺産” としてではなく、外の世界へ出ようとする者を阻む壁、または外の世界に出た人を引き戻す巨大な磁石のように感じられる町だ。
その町で介護士として働く、最後の身寄りである祖父を失くした女性・日奈。日奈の幼馴染でかつて恋人でもあった、同じく介護士の男性・海斗。ふるさとから出たことのない二人に、東京から来たデザイナーの男性・宮澤はここではないどこか広い世界を匂わせる存在だ。離婚により子どもの親権を失った女性・畑中は、誰かに自分を把握されるとその町から出て行くような生活を続けながらも、海斗とは職場仲間としても人間同士としても深く関わってしまう。
日奈と海斗、日奈と宮澤、宮澤とその妻、畑中と海斗、死へ向かう人間たちに触れ続ける介護という仕事のすぐ隣で繰り返される、手を伸ばしては離れてゆく男女たちの営み。そこで描かれるのは、決して世間的に “正しい” とされる感情ばかりではない。頁を捲るたび、私たちは、こうすべきではない、と頭で捉えている論理を軽々と砕く心の突起を把握していく。容赦ない心情描写に打ちのめされる、という表現は著者の作品の書評でよく見られるが、もちろんその要素もありつつ、読みながら実は、いびつながらも心の形を整えられているような安心感にも包まれる。(朝井リョウ/解説より)
読みながら実は、いびつながらも心の形を整えられているような安心感 にも包まれる - の 「安心感」 とは、一体どんな (心の) 状況をいうのだろう? (たぶん、考えるべきはそのことだと思う)
心と身体が相反し、身体が心を凌駕する。自分の心や身体でありながら、うまくコントロールできないでいる。
矛盾だらけで不完全で、どうしようもない。それでも関わり合いたいと願うのは、傍にいたいと思うのは、人の心の、何がそうさせるのでしょう?
宮澤と出会ったばかりに、生まれ育った町以外に思いを馳せるようになる日奈。日奈への思いを断ち切れないまま、同僚の畑中とは深い関係になり、家族を支えるために町に居続けるしかない海斗。
二人だけではなく、宮澤は。畑中は。宮澤の妻は。彼らはそれぞれに、何を思うのでしょう。
※背景にある「介護士」 という仕事のリアル。身につまされる描写は、安易に 「わかる」 とは言わせないだけの説得力があります。日奈にも海斗にも、言うべき言葉がありません。私は年老いて寝たきりになった親のおむつ一枚換える勇気がありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。
作品 「晴天の迷いクジラ」「アニバーサリー」「やめるときも、すこやかなるときも」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」「アカガミ」他多数
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