『ここは私たちのいない場所』(白石一文)_あいつが死んで5時間後の世界

『ここは私たちのいない場所』白石 一文 新潮文庫 2019年9月1日発行

順風満帆な会社員人生を送ってきた大手食品メーカー役員の芹澤は、三歳で命を落とした妹を哀しみ、結婚もしていない。ある日、芹澤は元部下の鴫原珠美と再会し、関係を持ってしまう。しかし、その情事は彼女が仕掛けた罠だった。自らの運命を変えた珠美と会い続けようとする芹澤。彼女との時間は、諦観していた彼の人生に色をもたらし始める - 。喪失を知るすべての人に捧げるレクイエム。(新潮文庫)

中瀬ゆかり 1964年6月3日生まれ。父は南方熊楠の研究家の中瀬喜陽。和歌山県田辺市出身。奈良女子大学文学部英語・英米文学科卒業。1987年、新潮社入社。現在は出版部部長。ハードボイルド作家の白川道とは事実婚関係にあった。

そんな彼女の手になる解説の冒頭部分。

この唯一無二の物語は、いまから4年前、2015年の7月5日付のメールに添付され、私の元に届けられた。本文には 「つたないものですが、約束していた原稿ができたので送ります。 白石一文」 と記されていた。

私が18年間連れ添った人生のパートナーでハードボイルド作家の白川道を大動脈瘤破裂という病で一瞬にして喪失してから - この小説の表現を借りれば、原稿が届いたのは 「白川がいなくなって80日後の世界」 だったわけだが、白石さんはそんな短時間で 「私のために」 この小説を書きあげてくれたのだ。「いま書いている小説は中瀬さんのためだよ」- 白川を亡くし、一人で家にいることが耐えられず逃げるように出てきたばかりの会社のデスクにかかった電話。その受話器の向こうでいつもの穏やかな口調で発してくれたあのセリフは、その場かぎりの慰めではなかったのだ。作家が、ひとりの編集者、それも担当でもない一編集者の喪失に寄り添い、こんな短期間に長編を書き上げてくれたのだ。なぜここまでしてくれたのか、その謎はこの小説を読んで、私なりに少しだけ解けた気がした。

誰かをどうしようもなく愛したことがある者。大事な存在を喪失したことのある者。そして、子供を持たない者。この三つのどれかに当てはまる人間なら、この小説の顕す人生観とその哲学的メッセージに共鳴しないはずがない。(以下略)

※とりわけ若い人には上手く理解できないかも知れません。慌てて読む必要はありません。読んで思いに浸るのは、五十、六十ぐらいがちょうどいいのだと思います。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆白石 一文
1958年福岡県福岡市生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。

作品 「一瞬の光」「すぐそばの彼方」「僕のなかの壊れていない部分」「心に龍をちりばめて」「ほかならぬ人へ」「翼」「火口のふたり」「一億円のさようなら」他多数

関連記事

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 視力をなくし、独り静か

記事を読む

『家族の言い訳』(森浩美)_書評という名の読書感想文

『家族の言い訳』森 浩美 双葉文庫 2018年12月17日36刷 帯に大きく - 上

記事を読む

『カラフル』(森絵都)_書評という名の読書感想文

『カラフル』森 絵都 文春文庫 2007年9月10日第一刷 生前の罪により輪廻のサイクルから外され

記事を読む

『正体』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『正体』染井 為人 光文社文庫 2022年1月20日初版1刷 罪もない一家を惨殺し

記事を読む

『余命二億円』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『余命二億円』周防 柳 角川文庫 2019年3月25日初版 工務店を営んでいた父親

記事を読む

『消された一家/北九州・連続監禁殺人事件』(豊田正義)_書評という名の読書感想文

『消された一家/北九州・連続監禁殺人事件』豊田 正義 新潮文庫 2023年4月15日 27刷

記事を読む

『青い鳥』(重松清)_書評という名の読書感想文

『青い鳥』重松 清 新潮文庫 2021年6月15日22刷 先生が選ぶ最泣の一冊 1

記事を読む

『格闘する者に◯(まる)』三浦しをん_書評という名の読書感想文

『格闘する者に◯(まる)』 三浦 しをん 新潮文庫 2005年3月1日発行 この人の本が店頭に並

記事を読む

『飼う人』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『飼う人』柳 美里 文春文庫 2021年1月10日第1刷 結婚十年にして子どもがで

記事を読む

『春の庭』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『春の庭』柴崎 友香 文春文庫 2017年4月10日第一刷 東京・世田谷の取り壊し間近のアパートに

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑