『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版

アニーの冷たい朝 (角川文庫)

大阪府豊中市で宅配業者を装った男に若い女性が殺された。遺体はセーラー服に着替えさせられ、奇抜な化粧を施されていた。事件は女性遺体が次々と発見される連続殺人事件へと発展する。被害者の足取りを追う大阪府警捜査一課の刑事・谷井は、女性の恋心を弄び法外な値段で宝石を売りつける詐欺師の男にたどり着くが・・・・・・・。黒川作品史上、最も猟奇的な殺人犯の姿とは? 追い詰める刑事の執念と戦慄の真相に震える傑作サスペンス。(角川文庫)

しゃれたタイトルである。直木賞を受賞した 破門 をはじめとして、ベストセラーになった後妻業、近作の桃源 など、黒川作品のタイトルは素っ気ないものが多い。しかし アニーの冷たい朝 というタイトルにはロマンチックな響きがある。アニーという欧米の女性の名前が醸し出す甘さと、冷たい朝という硬質の響き。しかし読み終えると、そのタイトルがぞっとするものに思えてくる。

物語は正体不明のある人物の一人称で始まる。その人物は若い女性の行動をうかがい凶悪な犯行に及ぶ。状況を観察し、行動を起こすその様子はきわめて冷静だ。だが女性を本名とは無関係の アニーという名前で呼ぶなど、何かがずれている。うっすらと漂う狂気の匂い。その一方でふわふわとした夢のなかのようでもある。私たちが読んでいるのは、一線を越えてあちら側にいってしまった犯罪者の頭のなかだ。現実味が薄れて当然なのである。

場面は変わり、女性は死体になってしまっている。セーラー服を身につけ、テニスシューズを履き、頭髪以外の全身の毛を剃ったうえに濃いファンデーションを塗られ、派手な化粧を施されるという奇妙な姿で。(解説より)

[最初の被害者、川瀬深雪の場合]

- 実際、被害者の状態は尋常ではなかった。細めの眉に濃い眉墨をひき、眼には赤のアイシャドーと青のマスカラ、頬紅、ローズレッドの口紅、とストリップの舞台にでも立ちそうな派手な化粧だった。ファウンデーションが濃いせいもあって肌の青白さは感じられず、死顔という印象はあまりない。肩のあたりまである長い髪はきれいに櫛が入れられていた。服装は、襟に二本の白線の入った紺色のセーターの上着に同色のプリーツスカート、胸にあずき色のリボンを結んでいる。スリップは白、白無地の綿ソックスに白のテニスシューズ。- 川瀬深雪はそんな装いで、南側ベランダに面した和室六畳間の真中に横たわっていた。仰向き、まっすぐに伸ばした足をきちんと揃え、両手を脇に添えて、気をつけをしたような姿勢だった。

写真撮影のあと、検視官は衣服を脱がせた。白のブラジャーと白の綿ショーツをとったとき、居合わせた捜査員は息をのんだ。死体の乳頭部にはニップレステープが貼られ、その上にファウンデーションが塗られている。外陰部には一本の陰毛もなく、剃りあとを隠すように、ここにも厚くファウンデーションが塗られていた。そのとき初めて、谷井は被害者の腕や足、腋下など、全身の体毛が余すところなく、きれいに剃られていることに気づいた。

川瀬深雪はマネキン人形と化していた - 。(本文より/P7.8)

川瀬深雪は21歳。彼女は豊中市蛍池の府立病院に勤務する看護師でした。このあと、彼女とよく似た状況で、第2、第3の事件が起こります。被害者はいずれも若い女性。あとになってわかるのですが、生きていた頃の彼女らは、よくよく見ると、どこか似たような顔立ちをしています。

※この小説は今から約30年前の1990年10月30日、講談社より (創業30周年記念として)刊行された黒川博行最初期の頃の作品のひとつです。知ってる人は知っている。黒川ファンなら見過ごせない一冊です。ついでに言うと、同じく初期の作品 『切断』 も併せて読むと尚よろしいかと。

この本を読んでみてください係数 85/100

アニーの冷たい朝 (角川文庫)

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「迅雷」「離れ折紙」「悪果」「疫病神」「国境」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」「泥濘」「桃源」他多数

関連記事

『うつくしい人』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『うつくしい人』西 加奈子 幻冬舎文庫 2011年8月5日初版 うつくしい人 (幻冬舎文庫)

記事を読む

『夜の公園』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『夜の公園』川上 弘美 中公文庫 2017年4月30日再版発行 夜の公園 (中公文庫)

記事を読む

『一億円のさようなら』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『一億円のさようなら』白石 一文 徳間書店 2018年7月31日初刷 一億円のさようなら (文芸書

記事を読む

『1ミリの後悔もない、はずがない』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『1ミリの後悔もない、はずがない』一木 けい 新潮文庫 2020年6月1日発行 1ミリの後悔

記事を読む

『お引っ越し』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『お引っ越し』真梨 幸子 角川文庫 2017年11月25日初版 お引っ越し 内見したマンショ

記事を読む

『蛇を踏む』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『蛇を踏む』川上 弘美 文芸春秋 1996年9月1日第一刷 蛇を踏む (文春文庫) ミドリ公園に

記事を読む

『あなたが消えた夜に』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『あなたが消えた夜に』中村 文則 朝日文庫 2018年11月15日発行 あなたが消えた夜に (

記事を読む

『いちご同盟』(三田誠広)_書評という名の読書感想文

『いちご同盟』三田 誠広 集英社文庫 1991年10月25日第一刷 いちご同盟 (集英社文庫)

記事を読む

『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷 果鋭 右も左も腐れか狸や!

記事を読む

『イヤミス短篇集』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『イヤミス短篇集』真梨 幸子 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 イヤミス短篇集 (講談

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『人間タワー』(朝比奈あすか)_書評という名の読書感想文

『人間タワー』朝比奈 あすか 文春文庫 2020年11月10日第1刷

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 裏アカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑