『サムのこと 猿に会う』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『サムのこと 猿に会う』西 加奈子 小学館文庫 2020年3月11日初版

サムのこと 猿に会う (小学館文庫)

そぼ降る雨のなか、様々なことが定まらない二十代男女5人が、突然の死を迎えた仲間の通夜に向かうところから始まる 『サムのこと』。
二十代半ばの、少し端っこを生きている仲良し女子3人組が温泉旅行で、「あるもの」 に辿り着くまでを描いた 『猿に会う』。
小説家志望の野球部の友人と、なぜか太宰治の生家を訪ねることになった高校生男子が、そのまま足を伸ばした竜飛岬で、静かに佇む女性に出会う 『泣く女』。
人生の踊り場のようなふとした隙間に訪れる、「何かが動く」 瞬間を捉えた初期3作を新たに編んだ短編集。(小学館文庫)

サムのこと
仲間は全部で6人。死んだのはサムでした。
サムの名前は伊藤剛。なぜか、知り合った頃からサムはサムでした。スミはそのまま角で、モモは桃子、キムは金で、ハスは蓮見。「僕」 は有本でアリで、スミだけひとつ年上で、あとは全員同じ年の26歳。僕らが出会ったのは、10代の終わりでした。

その日は午後から雨でした。僕らは誰も喪服を持っていません。それでも皆が何とか黒い服を準備して、桃谷駅のメモリアルパークに向かいます。

猿に会う
二十五歳になっても彼氏おらんいうのはあかんのちゃうん、と、きよちゃんに言われて、さつきちゃんは、ぐう、と、下唇を噛んだのだけど、さつきちゃんの前歯は、なんか丸いから、ラムネを二個、ふざけて唇にはさんでいるみたいに見える。

二十歳くらいまでやったら、処女の女の子とか、男の子は喜ぶかも知らんけど、数えで二十六で経験がない、て言うと、ひるんでまうで?

これはある日のきよちゃんとさつきちゃんのやり取りです。きよちゃんはあくまで数え年にこだわります。二人のほかにもう一人、まこちゃんがいます。

三人が出会ったのは、中学一年生で、蒼井きよ、明石さつき、飯田まこ、という出席番号順で仲良くなったのでした。それからおよそ十年。今も実家暮らしの三人は、驚くべきことに、現在も中学生並みの精神的かつ身体的レベルを維持しています。年に一度の楽しみに、今年は日光東照宮へ旅行に行くと決めました。

泣く女
小学校の頃から、堀田とノリオは野球少年でした。高校では県大会の決勝まで行き、そこで二人の夏は終わったのでした。
ノリオには推薦の話が来ており、そのまま進学して野球を続けるつもりでした。堀田も当然野球を続けるだろうと思っていると、県大会が終わった後、今後どうするのだ、と聞いたノリオに、堀田はこう言ったのでした。

「小説家になる。」
「決勝で負けて、決心したわ。俺、野球もめっちゃ好きやけど、やっぱり小説家になりたいねん。太宰みたいな、小説家。」

最後の夏の思い出に東京へ行こうと誘うノリオの気持ちを無下にして堀田が青森へ行こうと言ったのは、そこが太宰の故郷だったからでした。

※「何かが動く」 瞬間とは - 、気付くとそれは、その後のあなたの人生においてかなり大きな意味を持つような。好むと好まざると、あなたの何かを決定付けてしまうような。そこから先の人生になくてはならないような。そんなものの 「気配」 のことでしょうか? 

この本を読んでみてください係数 85/100

サムのこと 猿に会う (小学館文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「漁港の肉子ちゃん」「通天閣」「円卓」「ふくわらい」「サラバ!」他

関連記事

『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『静かに、ねぇ、静かに』本谷 有希子 講談社 2018年8月21日第一刷 静かに、ねぇ、静かに

記事を読む

『しょうがの味は熱い』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『しょうがの味は熱い』綿矢 りさ 文春文庫 2015年5月10日第一刷 しょうがの味は熱い (

記事を読む

『すべて忘れてしまうから』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『すべて忘れてしまうから』燃え殻 扶桑社 2020年8月10日第3刷 すべて忘れてしまうから

記事を読む

『私の消滅』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『私の消滅』中村 文則 文春文庫 2019年7月10日第1刷 私の消滅 (文春文庫)

記事を読む

『呪文』(星野智幸)_書評という名の読書感想文

『呪文』星野 智幸 河出文庫 2018年9月20日初版 呪文 (河出文庫) さびれゆく商

記事を読む

『白い部屋で月の歌を』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『白い部屋で月の歌を』 朱川 湊人 角川ホラー文庫 2003年11月10日初版 白い部屋で月の

記事を読む

『絶叫委員会』(穂村弘)_書評という名の読書感想文

『絶叫委員会』穂村 弘 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 絶叫委員会 (ちくま文庫)

記事を読む

『静かな炎天』(若竹七海)_書評という名の読書感想文

『静かな炎天』若竹 七海 文春文庫 2016年8月10日第一刷 静かな炎天 (文春文庫) ひ

記事を読む

『さよなら、ビー玉父さん』(阿月まひる)_書評という名の読書感想文

『さよなら、ビー玉父さん』阿月 まひる 角川文庫 2018年8月25日初版 さよなら、ビー玉父

記事を読む

『自覚/隠蔽捜査5.5』(今野敏)_書評という名の読書感想文

『自覚/隠蔽捜査5.5』今野 敏 新潮文庫 2017年5月1日発行 自覚: 隠蔽捜査5.5 (

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『人間タワー』(朝比奈あすか)_書評という名の読書感想文

『人間タワー』朝比奈 あすか 文春文庫 2020年11月10日第1刷

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版

『希望病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『希望病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2020年11月11日初版

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 裏アカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑