『あなたならどうする』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『あなたならどうする』(井上荒野), 井上荒野, 作家別(あ行), 書評(あ行)

『あなたならどうする』井上 荒野 文春文庫 2020年7月10日第1刷

病院で出会った男と女の行き場のない愛 - 「時の過ぎゆくままに」。カルト宗教の男を愛してしまった女の悲劇 - 「あなたならどうする」。冷酷非情に女を乗り換える男の理屈 - 「うそ」。他に 「東京砂漠」 「ジョニィへの伝言」 など昭和歌謡曲の詞にインスパイアされ生れた9つの短篇。愛も裏切りも全てがここにある。(文春文庫)

目次には昭和を代表する歌謡曲のタイトルがずらりと並んでいます。私ぐらいの年の人なら、どうかすると今でも口ずさんでしまうような、そんな歌の数々が題材となっています。

表題の 「あなたならどうする」 は、「ブルー・ライト・ヨコハマ」 の大ヒットで知られる、いしだあゆみのもう一つのヒット曲。

嫌われてしまったの 愛する人に
捨てられてしまったの 紙クズみたいに
私のどこがいけないの それともあの人が変わったの

(略)
あなたならどうする あなたならどうする 
泣くの歩くの 死んじゃうの あなたなら あなたなら

- ほら、もう、歌ってるではありませんか!? あの頃、歌詞に込められた本当の意味など知るわけがありません。知ったのは、ずっとずっと後のことです。

どの小説も、とてもかなしい。やたらにかなしい。そしてそれが、おもしろい。

たとえば 「小指の想い出」 の主人公である真悠のありように、私は胸をしめつけられる。常識というものを、「この世の自分以外のひとたちは、いったいいつの間に、どうやって身につけているのだろうと不思議で仕方がなかった」 という彼女はまだ二十代前半だろうと思われる若さなのだが、「この世界の中に家以外にも自分の居場所はあるはずだという希望を、まだ捨てたくなかった」 という理由で家の外に働きにでている。

そして、家の外で出会った喬児という男に、いともあっさり (ほとんどやすやすと) 籠絡されてしまう。べつに、ものすごくひどいことをされるわけではないのだが、その、”ものすごくひどいことをされるわけでもない” 、ということも含めて、もやもやとかなしい。

真悠は、(もしかしたら) 今のあなたかも知れません。あなたは何も悪くない。精一杯生きようとしているだけで、それでもかなしいと思うことに出合うのは、どうしてなんだろう。本当はわかっているのに、どうして引き返せないのだろう。

全編の土台にあるのは設定の妙だ。配偶者 (たち) の病とか、地元という名の枷とか、その閉塞感あるいは果てしのなさとか、しがらみとかなりゆきとか、謎の施設とか、お金とか、油断とか、断ることも可能な頼みごととか - 。

きわめてメロドラマティックでありながら、感傷からは限りなく遠く、荒涼とした方へ方へと突き進むことがなぜか自明で、容赦なく逃げ道のふさがれた、こんな設定をよく考えだすなと感心してしまう。
登場人物たちはそもそもの最初から、かなりあやうい場所に立たされているのだ。

                         - 江國香織 (「解説」) より

この本を読んでみてください係数 85/100

◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。

作品 「虫娘」「ほろびぬ姫」「切羽へ」「つやのよる」「誰かの木琴」「ママがやった」「赤へ」「その話は今日はやめておきましょう」「あちらにいる鬼」他多数

関連記事

『親方と神様』(伊集院静)_声を出して読んでみてください

『親方と神様』伊集院 静 あすなろ書房 2020年2月25日初版 鋼と火だけを相手

記事を読む

『薄情』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『薄情』絲山 秋子 河出文庫 2018年7月20日初版 地方都市に暮らす宇田川静生は、他者への深入

記事を読む

『あなたの不幸は蜜の味』(辻村深月ほか)_書評という名の読書感想文

『あなたの不幸は蜜の味』辻村深月ほか PHP文芸文庫 2019年7月19日第1版

記事を読む

『死にたくなったら電話して』(李龍徳/イ・ヨンドク)_書評という名の読書感想文

『死にたくなったら電話して』李龍徳(イ・ヨンドク) 河出書房新社 2014年11月30日初版

記事を読む

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行 芥川賞作家・医師の衝撃

記事を読む

『いけない』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『いけない』道尾 秀介 文春文庫 2022年8月10日第1刷 ★ラスト1ページです

記事を読む

『緑の花と赤い芝生』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『緑の花と赤い芝生』伊藤 朱里 小学館文庫 2023年7月11日初版第1刷発行 「

記事を読む

『いちご同盟』(三田誠広)_書評という名の読書感想文

『いちご同盟』三田 誠広 集英社文庫 1991年10月25日第一刷 もう三田誠広という名前を

記事を読む

『葦の浮船 新装版』(松本清張)_書評という名の読書感想文

『葦の浮船 新装版』松本 清張 角川文庫 2021年6月25日改版初版発行 期待して

記事を読む

『終の住処』(磯崎憲一郎)_書評という名の読書感想文

『終の住処』磯崎 憲一郎 新潮社 2009年7月25日発行 妻はそれきり11年、口をきかなかった

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『カラスは言った』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

『カラスは言った』渡辺 優 中公文庫 2025年11月25日 初版発

『崩壊』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『崩壊』塩田 武士 PHP文芸文庫 2025年10月22日 第1版第

『禁断の中国史』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『禁断の中国史』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2025年11月10日初版発

『嘘つきジェンガ』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『嘘つきジェンガ』辻村 深月 文春文庫 2025年11月10日 第1

『べっぴんぢごく』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『べっぴんぢごく』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2025年7月25日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑