『あなたならどうする』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
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『あなたならどうする』(井上荒野), 井上荒野, 作家別(あ行), 書評(あ行)
『あなたならどうする』井上 荒野 文春文庫 2020年7月10日第1刷
病院で出会った男と女の行き場のない愛 - 「時の過ぎゆくままに」。カルト宗教の男を愛してしまった女の悲劇 - 「あなたならどうする」。冷酷非情に女を乗り換える男の理屈 - 「うそ」。他に 「東京砂漠」 「ジョニィへの伝言」 など昭和歌謡曲の詞にインスパイアされ生れた9つの短篇。愛も裏切りも全てがここにある。(文春文庫)
目次には昭和を代表する歌謡曲のタイトルがずらりと並んでいます。私ぐらいの年の人なら、どうかすると今でも口ずさんでしまうような、そんな歌の数々が題材となっています。
表題の 「あなたならどうする」 は、「ブルー・ライト・ヨコハマ」 の大ヒットで知られる、いしだあゆみのもう一つのヒット曲。
嫌われてしまったの 愛する人に
捨てられてしまったの 紙クズみたいに
私のどこがいけないの それともあの人が変わったの
(略)
あなたならどうする あなたならどうする
泣くの歩くの 死んじゃうの あなたなら あなたなら
- ほら、もう、歌ってるではありませんか!? あの頃、歌詞に込められた本当の意味など知るわけがありません。知ったのは、ずっとずっと後のことです。
どの小説も、とてもかなしい。やたらにかなしい。そしてそれが、おもしろい。
たとえば 「小指の想い出」 の主人公である真悠のありように、私は胸をしめつけられる。常識というものを、「この世の自分以外のひとたちは、いったいいつの間に、どうやって身につけているのだろうと不思議で仕方がなかった」 という彼女はまだ二十代前半だろうと思われる若さなのだが、「この世界の中に家以外にも自分の居場所はあるはずだという希望を、まだ捨てたくなかった」 という理由で家の外に働きにでている。
そして、家の外で出会った喬児という男に、いともあっさり (ほとんどやすやすと) 籠絡されてしまう。べつに、ものすごくひどいことをされるわけではないのだが、その、”ものすごくひどいことをされるわけでもない” 、ということも含めて、もやもやとかなしい。
真悠は、(もしかしたら) 今のあなたかも知れません。あなたは何も悪くない。精一杯生きようとしているだけで、それでもかなしいと思うことに出合うのは、どうしてなんだろう。本当はわかっているのに、どうして引き返せないのだろう。
全編の土台にあるのは設定の妙だ。配偶者 (たち) の病とか、地元という名の枷とか、その閉塞感あるいは果てしのなさとか、しがらみとかなりゆきとか、謎の施設とか、お金とか、油断とか、断ることも可能な頼みごととか - 。
きわめてメロドラマティックでありながら、感傷からは限りなく遠く、荒涼とした方へ方へと突き進むことがなぜか自明で、容赦なく逃げ道のふさがれた、こんな設定をよく考えだすなと感心してしまう。
登場人物たちはそもそもの最初から、かなりあやうい場所に立たされているのだ。
- 江國香織 (「解説」) より
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◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。
作品 「虫娘」「ほろびぬ姫」「切羽へ」「つやのよる」「誰かの木琴」「ママがやった」「赤へ」「その話は今日はやめておきましょう」「あちらにいる鬼」他多数
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