『図書準備室』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2015/04/30
『図書準備室』(田中慎弥), 作家別(た行), 書評(た行), 田中慎弥
『図書準備室』 田中 慎弥 新潮社 2007年1月30日発行
田中慎弥は変な人ではない。
芥川賞の受賞会見で世間を”お騒がせ”したのは有名すぎる話です。
マスコミで再三その場面が映し出される度に、「あのオジサンは何物?」と首を傾げた人も多かったはずです。
でも、田中慎弥という人は思うほど変人ではないと私は思っています。
思い出してみれば、中学や高校時代にあんな感じで話す同級生が必ず一人や二人はいましたよね。
意見を求められると自信たっぷりに持論を展開するものの、大抵それはネガティブな内容で却下されてしまいます。
でも、本人はたいして落胆している風でもないし、そもそも自分の意見に対する反応などはなから期待していないのです。
聞かれたから言ったまでよ、というなかなかに潔い態度でもって決して議論を長引かすようなこともしません。
彼にとっては元々どうでもいい、関心のないことなのですから。
田中慎弥という人の実像は、実は言葉の威勢ほど棘があるわけでもなく、自分を見失わないよう防御の手段として皮肉の仮面を被っているだけではないか。
私にはそう思えてなりません。
『図書準備室』では”田中慎弥節”が炸裂します。俺の思うように書いてやる、という気迫がびしばし伝わって来ます。
「30歳になっても働かない理由」を延々と語り続ける、おそらく作者の分身である作中人物の執拗さというか、エネルギーには感服します。
話はどんどん脇道へ逸れていくのですが、それも計画的に練られた策略で、詳細を極め容赦がない一人語りが延々と続きます。
特に学校生活のディテールの描写は、よくぞそんなことまで憶えているなと感心させられますが、作者の相当屈折した当時の心情が剥き出しで少し胸が痛みます。
この小説は、正直感想を書くのが大変難儀です。
間違えば全く的外れの恥ずかしい代物になってしまいそうで、敢えて書くには相当の覚悟が必要です。
感想云々と言う前に、読むのを途中でギブアップした人もたくさんいるだろうし、逆にあれは面白い、傑作だという人もまた多いのだろうと思います。
芥川賞の候補にもなった作品だから何か突出したものがあるはずだ、それが分からないのは読み手の頭が悪いのだと自分を責めた人もいたはずです。
とにかく最後まで読みはしましたが、悲しいかな私にはよく分かりませんでした。正しく話の筋が追えたかと問われれば、残念ながらNOと言わざるを得ません。
長い長い一人語りを、義務のように読んだだけです。とても直球の感想は書けません、降参です。
田中慎弥の本は何冊か読んでいましたし、(会見の姿からは想像できない)綺麗な文章を書く人で、作品には昭和の匂いが残っていて好きでした。
『図書準備室』はきっと学生の頃実際に体験した「甘酸っぱくてほろ苦い青春物語」なんだろうと勝手に思い込んで、よく見もせずに買った本です。
タイトルと表紙のイラストに惑わされました。今更ですが、表紙の少年もよく見るとかなり不気味な絵です。
尚、『図書準備室』にはもう一編新潮新人賞を受賞した「冷たい水の羊」が収められています。
この本を読んでみてください係数 55/100
図書準備室 (新潮文庫)
◆田中 慎弥
1972年山口県下関市生まれ。
山口県立下関中央工業高等学校卒業。大学受験に失敗、以後一切の職業を経験せずに過ごす。
作品 「切れた鎖」「神様のいない日本シリーズ」「犬と鴉」「共喰い」「夜蜘蛛」「燃える家」など
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