『村上龍映画小説集』(村上龍)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『村上龍映画小説集』(村上龍), 作家別(ま行), 書評(ま行), 村上龍

『村上龍映画小説集』村上 龍 講談社 1995年6月30日第一刷

この小説は『69 sixty nine』に続き、村上龍の若かりし頃を描いた自伝的な小説集です。大変評判の良い小説で、多くの読者が「できるだけ若いうちに読むべき本」であるという感想を述べています。

先に断っておきますが、この小説の主人公である〈ヤザキ〉は麻薬やセックスに明け暮れて敢えて何もしようとしない男です。その〈ヤザキ〉が、なぜ多くの支持を集めるのか。読者は彼のどこに惹かれ、何に気付かされるのでしょう。それを知る必要があります。

17歳の高校生だった〈矢崎〉の無茶な反骨ぶりと純な恋心が描かれた『69 sixty nine』に対して、この小説で描かれているのは、言うならば「覚醒前」の、彷徨える〈ヤザキ〉です。

その「彷徨い方」が半端ではないのです。まさに『限りなく透明に近いブルー』を地で行くようなヤザキの暮らしぶりは、放埓にして破滅的、かつ極めて刹那的なものです。

九州西端の基地の街からヤザキが上京したのは、1970年のことです。彼は「美術学校」という名前の一風変わった専門学校へ通うのですが、そこにもすぐに行かなくなり、一緒に上京してきた友人達とも別れて一人暮らしを始めます。

ヤザキは、全く何もしません。勉強も、運動やアルバイトもボランティアも政治活動も、何もしないのです。「やるべきことが見つからなかったというよりも、何もしないことに積極的だったというべきかも知れない」-当時の心境を、彼はこんな風に語ります。

その頃のヤザキは、神田の古本屋で詩集や小説を買いジャズ喫茶やロック喫茶で半日を過ごす、という毎日を送っています。たとえアルバイトでも働くのだけはイヤだと思っています。働くことは、何かをあきらめることだと考えています。

上京してすぐに、彼はヨウコという5歳年上の女と知り合います。ヨウコは丸の内のOLで、油絵が趣味で、そしてニンフォマニアではないかと疑うほどセックスに貪欲な女です。2人は週末ごとにヨウコの借家で出会い、ほとんどの時間をベッドの中で過ごします。

次にヤザキが知り合うのが、キミコという6歳年上の怖ろしくエキセントリックな人妻です。彼女と知り合い、横田基地の傍の福生で暮らし始めたことで、結果的にヤザキはヨウコと別れることになります。

キミコとの暮らしは1年半続くことになります。その間に彼女は3度堕胎し、2度手首を切り、数え切れないほどのGI達と関係を結び、1度は心肺停止で病院に運ばれ、2度、逮捕されます。

年上の女と同棲し、GIと付き合い、ありとあらゆる麻薬をやり、いろいろな容疑で何度も留置場に入るヤザキです。美大では他の連中がみんな子供に見え、怖ろしくつまらない授業に辟易し、自分がこんなところにいる理由が分からなくなります。

ヤザキは、そんな毎日を反道徳的な暮らしだと思う一方で、ものすごく律儀に、悪いことだけを選んでやっていると自覚してもいます。ヒモのような暮らしに、世界中の19歳の中でどれくらいの奴がこんな最低なことをやっているのだろう、と思ってもいるのです。
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《ヨウコとキミコ以外に、当時のヤザキが出会った人物の抜粋》

美大で出会ったサッカーの上手な、サクライ。彼は映画が好きで、ヤザキは「甘い生活」を一緒に観ようと誘うのですが、サクライはその誘いを断ってしまいます。
アジサイの葉でマリファナの偽物を作る、ヤクザのタツミ。2人は深夜映画館で「ラスト・ショー」を観ます。タツミは「あんな映画は初めてだ」と言い、静かにビールを飲みます。

佐世保からの特急寝台「さくら」に乗り合わせた、市川明美。明美は、横浜の私立の女子大に入学することが決まっています。彼女は父親のことを話し、そして泣きます。オールナイトで彼女と観た映画は、ルキノ・ビスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」です。

「美術学校」で知り合ったブント系の元活動家、ヤマナカ。彼は、エンタープライズ入港の時は佐世保にいたと言います。ヤザキのアパートの本棚を眺めて、「なかなかええ本を読んどるやないか」とほめてくれます。その後、ヤザキが一人で観るのは「大脱走」です。
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ヤザキは、冷静で客観的です。溺れているようで、実は溺れることもできないでいます。ヘロインを打つ量を徐々に増やしては依存する手前で止めてしまう。そんなことをして、自分を「なんてずるい奴だろう」と思い、ジャンキーになる勇気さえない己を呪います。

基地の街の刺激に慣れた18歳のヤザキには、東京はひどく退屈に映ります。幾度か住み家を変えて、結果彼がたどり着くのは基地の街・福生です。佐世保を離れた後、ヤザキは何ひとつ有益なことをしていません。それでも唯一やめずにいたこと、それが小説を書くということです。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆村上 龍
1952年長崎県佐世保市生まれ。本名は村上龍之助。
武蔵野美術大学造形学部中退。

作品 「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」「愛と幻想のファシズム」「五分後の世界」「希望の国のエクソダス」「半島を出よ」他多数

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