『村上龍映画小説集』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『村上龍映画小説集』村上 龍 講談社 1995年6月30日第一刷


村上龍映画小説集 (講談社文庫)

 

この小説は『69 sixty nine』に続き、村上龍の若かりし頃を描いた自伝的な小説集です。大変評判の良い小説で、多くの読者が「できるだけ若いうちに読むべき本」であるという感想を述べています。

先に断っておきますが、この小説の主人公である〈ヤザキ〉は麻薬やセックスに明け暮れて敢えて何もしようとしない男です。その〈ヤザキ〉が、なぜ多くの支持を集めるのか。読者は彼のどこに惹かれ、何に気付かされるのでしょう。それを知る必要があります。

17歳の高校生だった〈矢崎〉の無茶な反骨ぶりと純な恋心が描かれた『69 sixty nine』に対して、この小説で描かれているのは、言うならば「覚醒前」の、彷徨える〈ヤザキ〉です。

その「彷徨い方」が半端ではないのです。まさに『限りなく透明に近いブルー』を地で行くようなヤザキの暮らしぶりは、放埓にして破滅的、かつ極めて刹那的なものです。

九州西端の基地の街からヤザキが上京したのは、1970年のことです。彼は「美術学校」という名前の一風変わった専門学校へ通うのですが、そこにもすぐに行かなくなり、一緒に上京してきた友人達とも別れて一人暮らしを始めます。

ヤザキは、全く何もしません。勉強も、運動やアルバイトもボランティアも政治活動も、何もしないのです。「やるべきことが見つからなかったというよりも、何もしないことに積極的だったというべきかも知れない」-当時の心境を、彼はこんな風に語ります。

その頃のヤザキは、神田の古本屋で詩集や小説を買いジャズ喫茶やロック喫茶で半日を過ごす、という毎日を送っています。たとえアルバイトでも働くのだけはイヤだと思っています。働くことは、何かをあきらめることだと考えています。

上京してすぐに、彼はヨウコという5歳年上の女と知り合います。ヨウコは丸の内のOLで、油絵が趣味で、そしてニンフォマニアではないかと疑うほどセックスに貪欲な女です。2人は週末ごとにヨウコの借家で出会い、ほとんどの時間をベッドの中で過ごします。

次にヤザキが知り合うのが、キミコという6歳年上の怖ろしくエキセントリックな人妻です。彼女と知り合い、横田基地の傍の福生で暮らし始めたことで、結果的にヤザキはヨウコと別れることになります。

キミコとの暮らしは1年半続くことになります。その間に彼女は3度堕胎し、2度手首を切り、数え切れないほどのGI達と関係を結び、1度は心肺停止で病院に運ばれ、2度、逮捕されます。

年上の女と同棲し、GIと付き合い、ありとあらゆる麻薬をやり、いろいろな容疑で何度も留置場に入るヤザキです。美大では他の連中がみんな子供に見え、怖ろしくつまらない授業に辟易し、自分がこんなところにいる理由が分からなくなります。

ヤザキは、そんな毎日を反道徳的な暮らしだと思う一方で、ものすごく律儀に、悪いことだけを選んでやっていると自覚してもいます。ヒモのような暮らしに、世界中の19歳の中でどれくらいの奴がこんな最低なことをやっているのだろう、と思ってもいるのです。
・・・・・・・・・・
《ヨウコとキミコ以外に、当時のヤザキが出会った人物の抜粋》

美大で出会ったサッカーの上手な、サクライ。彼は映画が好きで、ヤザキは「甘い生活」を一緒に観ようと誘うのですが、サクライはその誘いを断ってしまいます。
アジサイの葉でマリファナの偽物を作る、ヤクザのタツミ。2人は深夜映画館で「ラスト・ショー」を観ます。タツミは「あんな映画は初めてだ」と言い、静かにビールを飲みます。

佐世保からの特急寝台「さくら」に乗り合わせた、市川明美。明美は、横浜の私立の女子大に入学することが決まっています。彼女は父親のことを話し、そして泣きます。オールナイトで彼女と観た映画は、ルキノ・ビスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」です。

「美術学校」で知り合ったブント系の元活動家、ヤマナカ。彼は、エンタープライズ入港の時は佐世保にいたと言います。ヤザキのアパートの本棚を眺めて、「なかなかええ本を読んどるやないか」とほめてくれます。その後、ヤザキが一人で観るのは「大脱走」です。
・・・・・・・・・・
ヤザキは、冷静で客観的です。溺れているようで、実は溺れることもできないでいます。ヘロインを打つ量を徐々に増やしては依存する手前で止めてしまう。そんなことをして、自分を「なんてずるい奴だろう」と思い、ジャンキーになる勇気さえない己を呪います。

基地の街の刺激に慣れた18歳のヤザキには、東京はひどく退屈に映ります。幾度か住み家を変えて、結果彼がたどり着くのは基地の街・福生です。佐世保を離れた後、ヤザキは何ひとつ有益なことをしていません。それでも唯一やめずにいたこと、それが小説を書くということです。

 

この本を読んでみてください係数 90/100


村上龍映画小説集 (講談社文庫)

◆村上 龍
1952年長崎県佐世保市生まれ。本名は村上龍之助。
武蔵野美術大学造形学部中退。

作品 「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」「愛と幻想のファシズム」「五分後の世界」「希望の国のエクソダス」「半島を出よ」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『伝説のエンドーくん』(まはら三桃)_書評という名の読書感想文

『伝説のエンドーくん』まはら 三桃 小学館文庫 2018年6月11日初版 伝説のエンドーくん

記事を読む

『水やりはいつも深夜だけど』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『水やりはいつも深夜だけど』窪 美澄 角川文庫 2017年5月25日初版 水やりはいつも深夜

記事を読む

『モルヒネ』(安達千夏)_書評という名の読書感想文

『モルヒネ』安達 千夏 祥伝社文庫 2006年7月30日第一刷 モルヒネ (祥伝社文庫)

記事を読む

『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷 しろいろ

記事を読む

『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 高校入試 (角川文庫) &n

記事を読む

『ブータン、これでいいのだ』(御手洗瑞子)_書評という名の読書感想文

『ブータン、これでいいのだ』御手洗 瑞子 新潮文庫 2016年6月1日発行 ブータン、これでい

記事を読む

『家族の言い訳』(森浩美)_書評という名の読書感想文

『家族の言い訳』森 浩美 双葉文庫 2018年12月17日36刷 家族の言い訳 (双葉文庫)

記事を読む

『凶宅』(三津田信三)_書評という名の読書感想文

『凶宅』三津田 信三 角川ホラー文庫 2017年11月25日初版 凶宅 (角川ホラー文庫)

記事を読む

『メガネと放蕩娘』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『メガネと放蕩娘』山内 マリコ 文春文庫 2020年6月10日第1刷 メガネと放蕩娘 (文春

記事を読む

『私が失敗した理由は』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『私が失敗した理由は』真梨 幸子 講談社文庫 2019年9月13日第1刷 私が失敗した理由は

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ドクター・デスの遺産』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ドクター・デスの遺産』中山 七里 角川文庫 2020年5月15日4

『知らない女が僕の部屋で死んでいた』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『知らない女が僕の部屋で死んでいた』草凪 優 実業之日本社文庫 20

『肉弾』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『肉弾』河﨑 秋子 角川文庫 2020年6月25日初版 肉弾

『プラナリア』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『プラナリア』山本 文緒 文春文庫 2020年5月25日第10刷

『少年と犬』(馳星周)_書評という名の読書感想文

『少年と犬』馳 星周 文藝春秋 2020年7月25日第4刷 【

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑