『嫌な女』(桂望実)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『嫌な女』(桂望実), 作家別(か行), 書評(あ行), 桂望実

『嫌な女』桂 望実 光文社文庫 2013年8月5日6刷

初対面の相手でも、たちまちするりとその懐に入ってしまう。小谷夏子は男をその気にさせる天才だ。彼女との未来を夢見た男は、いつの間にか自らお金を出してしまうのだ。そんな生来の詐欺師を遠縁に持つ弁護士・石田徹子は、夏子がトラブルを起こすたび、解決に引っぱり出されるのだが・・・・・・・。対照的な二人の女性の人生を鮮やかに描き出し、豊かな感動をよぶ傑作長編。(光文社文庫)

読み出してしばらくは、これほどまで感動的な話だとは思いもしませんでした。終盤になり、思わず涙ぐんだのは、主人公である二人の女性の人生はもとより、二人に深く関わる、少なくはない人物の人生にも共通するある想いに強く感じ入ったからだと思います。

なかなかに、人は思い通りには生きられません。たとえそれが (この物語に登場する) 何店舗もの店の経営者であったとしても、大学に勤める研究者でも。有能な女弁護士や男に夢を見させる天才詐欺師であったとしてもです。

皆は等しく同様に、何かしら不安や不満を抱えて生きています。思った通りに生きられず、わかり合える誰かと出会えることを強く願っています。

これは、天才詐欺師の物語である。嘘つきで、意地悪で、生来の詐欺師、小谷夏子の波瀾の人生を描く物語である。

絶世の美女というわけでもないのに、みんなが惹きつけられる。夏子といると訳もなく楽しくなってみんなが笑顔になる。嘘つきで、意地悪で、迷惑な存在ではあるのだが、一方でそういう魅力に富んだ女性なのである。

この小谷夏子という詐欺師の造形が圧巻だ。本書が成功した半分の因はそこにある。では残りの半分とは何か。

それは本書の構成を見ればいい。つまり、弁護士石田徹子の側から描くという構成だ。石田徹子にとって夏子は、祖母の妹の孫、つまり遠縁にあたるが、徹子が新米弁護士であった二十四歳のときに、十七年ぶりに突然連絡が来るまでそれほど親しい相手ではなかった。

むしろ嫌な思い出のある相手である。七歳の夏休み、祖母の家に遊びにいくと同い年の夏子がいた。裁縫の好きな祖母が作ったお揃いのワンピースをその場で着せられた翌日、徹子のワンピースはびりびりに裂かれて洗濯機の中に放りこまれていた。犯人は夏子だったが、最後まで謝らなかった。そういう相手であるから親しくもない。

それが十七年ぶりに電話してきて、困ったことがあるから相談したいと言う。ここから数年に一度、慰謝料を請求されたとか、金を返せと言われたとか、困ったことがあるたびに夏子から連絡がくるという関係が始まっていく。(解説より)

最初の依頼から5年後に2回目の依頼があり、そのまた7年後に3回目、その後も4年、7年、9年、9年、6年と間隔を空け、夏子からの依頼は途切れることなく続きます。

その間、夏子は結婚して離婚して、若い男と付き合ったり、年寄りを騙したり、病院の掃除婦をしたり、旅館の仲居をしたり、会うたびに仕事が変わっています。弘前、名古屋、和歌山、山口と住まいも転々とし、その度徹子は呼び出され、その地を訪ねます。

当然ながら、語り手の徹子も年を取っていきます。荻原法律事務所に入ったばかりの24歳の徹子は、最終章では事務所をリタイアし、71歳になっています。

この小説は、単に一つや二つの事件の話ではありません。必ずしも思い通りとはいかない、長い長い人生 (の話) が綴られています。(感涙! )

この本を読んでみてください係数 85/100

◆桂 望実
1965年東京都生まれ。
大妻女子大学文学部国文科卒業。

作品 「死日記」「県庁の星」「諦めない女」「結婚させる家」「たそがれダンサーズ」他多数

関連記事

『私のなかの彼女』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『私のなかの彼女』角田 光代 新潮文庫 2016年5月1日発行 「男と張り合おうとするな」醜女と呼

記事を読む

『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷 右も左も腐れか狸や! 元刑事の名

記事を読む

『真夜中のメンター/死を忘れるなかれ』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『真夜中のメンター/死を忘れるなかれ』北川 恵海 実業之日本社文庫 2021年10月15日初版第1

記事を読む

『田舎でロックンロール』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『田舎でロックンロール』奥田 英朗 角川書店 2014年10月30日初版 これは小説ではありませ

記事を読む

『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子)_書評という名の読書感想文

『おらおらでひとりいぐも』若竹 千佐子 河出書房新社 2017年11月30日初版 結婚を3日後に控

記事を読む

『熱源』(川越宗一)_書評という名の読書感想文

『熱源』川越 宗一 文藝春秋 2020年1月25日第5刷 樺太 (サハリン) で生

記事を読む

『夏物語』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『夏物語』川上 未映子 文春文庫 2021年8月10日第1刷 世界が絶賛する最高傑

記事を読む

『往復書簡』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『往復書簡』湊 かなえ 幻冬舎文庫 2012年8月5日初版 高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依

記事を読む

『泳いで帰れ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『泳いで帰れ』奥田 英朗 光文社文庫 2008年7月20日第一刷 8月16日、月曜日。朝の品川駅

記事を読む

『終わりなき夜に生れつく』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『終わりなき夜に生れつく』恩田 陸 文春文庫 2020年1月10日第1刷 はじめに、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑