『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文
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『JR品川駅高輪口』(柳美里), 作家別(や行), 書評(さ行), 柳美里
『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初版
誰か私に、生と死の違いを教えて下さい - 電車の中、携帯電話の画面を見つめる少女、市原百音・高校一年生。形だけの友人関係、形だけの家族。「死」 に魅せられた少女は、21時12分品川駅発の電車に乗り、「約束の地」 へ向かうのだが・・・・・・・。居場所のないすべての人へ - 全米図書賞受賞作 『JR上野駅公園口』 に並ぶ、「山手線シリーズ」 の傑作。◎「新装版あとがき」 収録/文庫 『まちあわせ』 を改題 (河出文庫)
主人公は品川駅高輪口近くの住宅地に暮らしている高校生、市原百音 (いちはら・もね) だ。学校ではいじめにあい、家庭では両親が不仲な上、母親の愛情は弟に注がれており彼女には自分が愛されていると実感できる場がない。居場所がないのだ。唯一の救いはすでに亡くなった祖母の記憶でそこにかすかな救いがある。
学校での仲良しグループに村八分にされた状況は、そこまでひどいいじめとはいえないと思われる人もいるかもしれない。ただ物理的な危害のないいじめは、孤立感や無力感は他人に理解されがたく、解決方法が見つけにくいため、本人にとっては真綿で首を締められるようなものだ。
そんな百音の日課はネットの自殺志願者の掲示板をのぞくことで、どうやら彼女自身も書き込んでいる模様。彼女は自殺という行為に魅せられているのだ。そんな一人の少女の日常が、本人のモノローグであったり、三人称であったり、周囲の脈絡のない雑談や駅のアナウンス、そしてネット上のやりとりによって包まれながら進行していく。(解説より)
たまたま書店でみた 『JR上野駅公園口』 を読みました。評判になる前のことです。何も知らずに読んだのですが、思いのほか胸に沁みました。切なくもあり、上野駅のホームのアナウンスが今も聞こえるようです。どうやら山手線を舞台にしたシリーズものであるらしい。
本作は2012年に 『自殺の国』 というタイトルで刊行、2016年に 『まちあわせ』 と改題して文庫化された作品の新装版となる。新装版に際してタイトルを 『JR品川駅高輪口』 とさらに改めている。改題の経緯については、柳美里さんによる 「新装版あとがき」 を参照いただければと思う。(同解説より)
(先に断っておきますが) 本作 『JR品川駅高輪口』 と 『JR上野駅公園口』 とでは、当然ですが、読んだ感じがまるで違っています。
『JR上野駅公園口』 が福島から東京へ出稼ぎに来た名もなき一人の男が主人公であるのに対し、本作では都心の真っ只中で暮らす一人の少女、「死ぬこと」 以外に生きる意味を見い出せない高校一年生の、息が詰まるような日常が描かれています。
表向き “いまどき” の高校生である百音は、かならずしも “いま” を生きてはいません。生きている “ふりをする” ので精一杯で、将来のことなど何も考えられません。高校一年生になったばかりの彼女は、クラスに厳然としてあるカーストに既に病み疲れています。死ぬ機会を、ひそかに窺っています。
「山手線シリーズ」 の核となるテーマは、二つある。
一つは、日本国憲法第一条で 「日本国と日本国民統合の 「象徴」 と規定」 されている天皇と天皇制である。
もう一つは、2011年3月に東京電力福島第一原子力発電所が起こしたレベル7の事故である。中心があれば、中心は波紋のような幾重もの圏域を広げ、そこから貧富、運不運、幸不幸という格差が生み出される。
「山手線シリーズ」 の主人公たちは全員生き死にの瀬戸際に追い詰められ、プラットホームに立つ。登場人物が、電車が近づく数分の間に、死を思い留まり、生に引き返すかもしれないという可能性を僅かでも残しておきたかったので、わたしは電車に飛び込むシーンは書いていない。
「危ないですから黄色い線までお下がりください」
という電車の入線を知らせるアナウンスが流れて、物語は終わる。(著者あとがきより)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆柳 美里
1968年神奈川県横浜市中区生まれ。
横浜共立学園高等学校中退。後、演劇活動を経て小説家デビュー。
作品 「魚の祭」(岸田國士戯曲賞)「家族シネマ」「フルハウス」「命」「8月の果て」「雨と夢のあとに」「JR上野駅公園口」「ゴールドラッシュ」「飼う人」 他多数
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