『刑罰0号』(西條奈加)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『刑罰0号』(西條奈加), 作家別(さ行), 書評(か行), 西條奈加

『刑罰0号』西條 奈加 徳間文庫 2020年2月15日初刷

祝 直木賞受賞! 新直木賞作家が近未来を舞台に描く異色の傑作SF

被害者の記憶を加害者に追体験させることができる機械 〈0号〉。死刑に代わる贖罪システムとして開発されるが、被験者たち自身の精神状態が影響して、成果が上がらない。その最中、開発者の佐田博士が私的に 〈0号〉 を使用したことが発覚し、研究所を放逐された。開発は中止されたと思われたが、密かに部下の江波はるかが引き継いでいた。〈0号〉 の行方は!? [解説:大矢博子] (ヒューマン・ドラマ)

2019年、無期懲役になりたいから という理由で人を殺した犯人が、希望通り無期懲役の判決を受けた、という出来事があった。無期懲役というのはとても重い量刑だ。だがそれが被告の希望通りであったことに、重い石を飲んだような気持ちになった。受け入れがたい、と思った。なぜ受け入れがたいのか。被害者やそのご家族が受けた悲しみや無念と、希望が叶った被告の状態が、釣り合わないと感じたからである。

罪と罰は釣り合っていてほしい。目には目を、歯には歯をというのは原始的に過ぎるかもしれないが、それでも、理不尽で酷い事件のニュースを聞いたとき、犯人に対してどうしてもこう思ってしまう。被害者の身になってみろ」 「自分が被害者の側になったときも同じことが言えるのかと。

だが、ここではたと思考が止まった。そう考えた私は決して 被害者の身になって いたわけではなく、ただ自分の報復感情に任せた思いに過ぎないと気づいたからだ。ニュースを見ただけの赤の他人である私が、被害者やそのご家族がどんな思いで何を願っているのか、安易に想像できることではない

罰とは何か。被害者の身になるとはどういうことか。
そんなシビアなテーマに、SFの手法で向き合ったのが本書刑罰0号である。キーワードは、記憶、だ。(大矢博子/解説より)

思い出したのは、2019年4月、東京・池袋で発生した高齢男性による乗用車暴走事故でした。この事故で、松永真菜さん (31歳) と娘の莉子ちゃん (3歳) が亡くなりました。莉子ちゃんが大好きだった公園で遊んだ帰り道、母親の真菜さんが莉子ちゃんを乗せた自転車で青信号の横断歩道を渡る途中の出来事でした。

車を運転していた飯塚幸三被告が88歳という高齢だったことに加え、旧通産省工業技術院の元院長 - つまりは “元高級官僚” だったこともあり、大いに世間の注目を浴びました。

最愛の妻と子どもを同時に亡くした、夫であり父の松永拓也さん (34歳) の時の心境とは、如何なるものだったのでしょう。喪失感と絶望感、突然の訃報に二人に言葉ひとつ残せなかった悔しさに、果てしない未練に、歯噛みする思いでいたことでしょう。

そして何より、飯塚被告の常軌を逸した暴走に、激しい怒りを覚えたことでしょう。どんな理由があったにせよ、許せなかったはずです。

初公判において、自動車運転処罰法違反 (過失運転致死傷) 罪に問われた飯塚被告は、起訴内容を否認し、何と、無罪を主張します。車の不具合を理由に自らの過失を否定した後に、被害者参加した拓也さんに陳謝し、頭を下げたのでした。

これに対し拓也さんは 「予想していたとはいえ、残念でならない」 と述べ、「二人の命や遺族と向き合っているようには思えなかった」 と不信感をにじませたのでした。拓也さんが求めたものは、前置きなしの、飯塚被告の心からの謝罪、その一点でした。

さて、

例えばですが、(凶悪犯罪を犯した) 犯人が未成年であった場合、未成年という理由だけで、死刑に処すどころか無期懲役さえもままなりません。被害者や遺族にしてみれば、これでは憤りの持って行き場がありません。

思い余って自らの手で私刑に及んでしまう、過去にはそんな例がありました。そこで、「加害者を殺さず、それでいて被害者の気持ちを、死刑や禁固刑よりずっとやわらげることができる」 方法が密かに研究されていました。

被害者遺族が望んでいるもの - それは、何より 「加害者の贖罪」 であるということ。その実現に向けて開発されたのが 「刑罰0号」 でした。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆西條 奈加
1964年北海道中川郡池田町生まれ。
北海道帯三条高等学校を経て、東京英語専門学校を卒業。

作品 「金春屋ゴメス」「涅槃の雪」「まるまるの毬」「心寂し川」で第164回直木賞受賞 他多数

関連記事

『合理的にあり得ない』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『合理的にあり得ない』柚月 裕子 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 上水流涼

記事を読む

『孤狼の血』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『孤狼の血』柚月 裕子 角川文庫 2017年8月25日初版 昭和63年、広島。所轄署の捜査二課に配

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 「本日開店」は貧乏寺の住職の妻

記事を読む

『さよなら、田中さん』(鈴木るりか)_書評という名の読書感想文

『さよなら、田中さん』鈴木 るりか 小学館 2017年10月17日初版 花実はじつにあっけらかん

記事を読む

『盤上に散る』(塩田武士)_書評という名の読書感想文 

『盤上に散る』塩田 武士 講談社文庫 2019年1月16日第一刷 唯一の家族だった

記事を読む

『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文

『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 私は 「か

記事を読む

『検事の本懐』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『検事の本懐』柚月 裕子 角川文庫 2018年9月5日3刷 ガレージや車が燃やされ

記事を読む

『掲載禁止 撮影現場』 (長江俊和)_書評という名の読書感想文

『掲載禁止 撮影現場』 長江 俊和 新潮文庫 2023年11月1日 発行 「心臓の弱い方」

記事を読む

『監獄に生きる君たちへ』(松村涼哉)_書評という名の読書感想文

『監獄に生きる君たちへ』松村 涼哉 メディアワークス文庫 2021年6月5日7刷

記事を読む

『月の満ち欠け』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『月の満ち欠け』佐藤 正午 岩波書店 2017年4月5日第一刷 生きているうちに読むことができて

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『つまらない住宅地のすべての家』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『つまらない住宅地のすべての家』津村 記久子 双葉文庫 2024年4

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑