『女ともだち』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文
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『女ともだち』(真梨幸子), 作家別(ま行), 書評(あ行), 真梨幸子
『女ともだち』真梨 幸子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷
「その事件は、実に不可解で不愉快で、不道徳なものだった。」(3章/冒頭の一節)
舞台は埼玉県と東京都の境にある、人口10万の三ツ原市。その中央市街にある、築7年の分譲タワーマンション。そのマンションで、2人の女性が殺害されます。どちらの遺体も血まみれで、ひとつの遺体からは性器がくり抜かれています。
被害者は、吉崎満紀子(41)と田宮瑤子(38)、どちらも独身。満紀子と肉体関係にあった宅配ドライバーの山口啓太郎という男が逮捕されますが、本人は犯行を否認し、裏付けとなる根拠も曖昧なまま公判が始まります。
・・・・・・・・・・
吉崎満紀子の「子宮」はどこへいったのか。そして、田宮瑤子は「誰」に殺されたのか。
瀟洒なマンションで起こったこのおぞましい事件は「ブラディタワー連続殺人事件」と呼ばれ、世間から大きな注目を集めます。
とりわけ高い関心を集めたのが、性器と子宮を抉り取られて殺された吉崎満紀子の素顔です。彼女は早稲田大学の法学部出身で、在学中に司法試験に合格した才媛です。ところが卒業後の彼女は、なぜか総合家電メーカーに入社します。
平成12年に三ツ原タワーマンションを購入し、一人暮らしを始めてから約2年後、出会い系サイトなどを利用して満紀子は売春を始めるようになります。彼女は生前、ネットの「投稿」という形で自分の姿を曝し、自らの手で「醜聞」を赤裸々に告白しています。
アダルト系グッズ専門のオークションサイトでは「マコ」と名乗り、自身の使用済み下着を出品し、その下着を着用して撮られたセミヌード画像がコメント付きでアップされています。
画像に映る「マコ」はガリガリに痩せていて、女性らしい凹凸がひとつもありません。骨にそのまま皮膚が貼り付いているようで、毛深く、皮膚は浅黒いのですが、顔だけはものすごい厚化粧です。髪はカツラで、どうみても「いかれたおばさん」です。
なのに、「18歳」と紹介している、もう、どこからみてもマトモではない人物です。「マコ」は匿名掲示板で話題になり、ちょっとした有名人になります。噂によると、「マコ」はオークションサイトを通じて売春相手を探していたようです。
Webサイトの中に情報が溢れ、関心が集中する満紀子に対して、もう一人の被害者である田宮瑤子の存在はかすみがちです。瑤子は、高校・大学受験の参考書を出版する会社に再就職して5年目の、ごく普通のOLです。周囲に彼女を悪く言う人は見当たりません。
瑤子が三ツ原タワーマンションの2001号室を中古で購入したのは平成15年9月、36歳のときです。遺体があった部屋にはパソコンがなく、彼女は携帯電話も持っていません。
それが何を意味するのか、彼女はなぜ殺されねばならなかったのか、それが判明するのは物語も最終盤になってからのことです。
・・・・・・・・・・
この小説の語り手=事件の真相に迫ろうとするのが、駆け出しのルポライター・楢本野江です。彼女は「ブラディタワー殺人事件の真相」と題して、『月刊グローブ』誌にルポルタージュを発表します。
野江は、ある確信を持っています。世間の注目を一身に浴びる吉崎満紀子もさることながら、もう一人の被害者・田宮瑤子に、野江は並々ならぬ関心を持っています。
野江は、瑤子が買った2001号室の前の住人・井沢詩織を訪ねます。瑤子の親友・小松佳苗に会いに行きます。瑤子の幼少時代からの軌跡を辿るために、小田原へ向かいます。野江の推理が、ほぼ事件の真相に辿り着いたかにみえる・・・、のですが。
事件の全容が解明したと思った直後、思わぬ事態が発生します。まさかの事態は更なる混乱を招き、野江は事件そのものを改めて見つめ直す必要に迫られることになります。
野江の推理の、どこに誤謬があったのか。もちろんそれをここで言う訳にはいきませんが、一言申し添えるなら、「女ともだち」とは何とも怖ろしく、油断のならないものだということです。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆真梨 幸子
1964年宮崎県生まれ。
多摩芸術学園映画科(現、多摩芸術大学映像演劇学科)卒業。
作品 「孤虫症」「えんじ色心中」「殺人鬼フジコの衝動」「深く深く、砂に埋めて」「四〇一二号室」「鸚鵡楼の惨劇」「人生相談」「お引っ越し」他多数
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