『JR高田馬場駅戸山口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR高田馬場駅戸山口』柳 美里 河出文庫 2021年3月20日新装版初版

JR高田馬場駅戸山口 (河出文庫)

夫は単身赴任中で、子どもと二人暮らしの母・ゆみ。幼稚園や自治会との確執、日々膨らむ夫への疑念、そして社会からの孤立。その思いは、「あの日」 を境にエスカレートしてゆく。絶望の果てに 「一人の女」 がくだした決断とは・・・・・・・。居場所のないすべての人へ - 全米図書賞受賞作 『JR上野駅公園口』 に並ぶ、「山手線シリーズ」の傑作。◎「新装版あとがき」 収録・文庫 『グッドバイ・ママ』 改題 (河出文庫)

読むほどに、胸が詰まって辛くなります。心に鍵をかけ、がむしゃらに、「女」 が無理をしているのがわかります。

JR高田馬場駅戸山口は、わたしの一人息子が幼稚園に通っていた頃に書き出した作品である。
小説の中の出来事で、どれが実際にあったことなのかを箇条書きにすることはしないが、
(山手線シリーズ) 八篇の中では唯一私小説的な色合いを有している。

わたしは、未婚で息子を出産した。
母親になった途端に、
しなければならない責務が大量に現前した。
子どもを育てることをしなければならないし、子どもの現在と未来のためにお金を稼ぐことをしなければならなかった。
解約不能の契約を、たった独りで履行することは、とても厳しかった

そして、子どもは、親にとっての急所、弱み、ウィークポイント、泣きどころである。
自分とは別の人間の存在そのものが自分の急所になる - 、独りならば怖くもなんともない様々な事や物や人が、親になった途端に恐怖や不安を帯びて押し寄せてきて、わたしと息子の安全圏を削り取っていく。だんだんと狭くなっていく安全圏を守るために闘ってはみたのだが、周囲からは援軍どころか、あいつ、頭がおかしくなったという扱いしか受けず、暗く狭い場所に身を隠すことぐらいしか出来なくなっていた。

それでも、危機はやって来る。
いきなり足場が抜けるような危機に見舞われ、生きることに宙吊りにされているような気がした。
死ぬことよりも、生きることがずっと怖かった。
あまりにも怖いので、絶望的に死に希望を求めていた

JR高田馬場駅戸山口の主人公である母親も、最後に生の出口へと歩んでいった。改札口を通り抜け、プラットホームで 危ないですから黄色い線までお下がり下さい という接近放送を耳にした彼女が、一歩後ろに下がったのか、一歩前に踏み出したのか、その瞬間は書いてはいない。

なんとか生に踏み止まって、再び改札口を出て、息子のもとに戻ってほしい、と祈るような気持ちで一文字一文字書いた。(新装版あとがきより)

面白いのはこの女の心に 「忍者ハットリくん」 が現れるところである。ハットリくんは時に正義の味方として、あるいは一番の理解者として、あるいは夫の代わりとして、ささっと登場し女に憑依してしまう。とぼけた口調で語り出す忍者。この語り口が、重たく鈍い気持ちの痛みや怒りを少しも感じさせない、小気味の良い軽快さを場面に与えている。

戦い続けようとする心の強さが感じられるが、その調子が上向きになればなるほど、女が根本に抱えている寂しさがなぜだか浮き彫りになっていくようで、泣き笑いをした後の感じも残されていく。(和合亮一・詩人/解説より)

息子が幼稚園で正座させられていることへの反発。戦中に人体実験場があったところに埋められている朝鮮人の骨の事実への執着。ゴミをめぐる近所の人々とのいざこざ。別居している夫との離婚 - 等々。

「女」 は、一切の妥協を許しません。躾としての幼児の正座の正当性について、その根拠となるところを徹底して幼稚園に質します。専門医に訊ね、大学や神社庁に電話をし、日本人が尊ぶ正座の、そもそもの由来を訊ねて回ります。

陸軍戸山学校跡地で発見された多量の遺骨を他人事とは思えません。ゴミ出しに関し、自治会役員の女達から半ば嫌がらせのクレームをつけられますが、これにあくまで抵抗します。あげくベランダにゴミを溜め込むようになり、強く異臭がするようになります。

長野にいる夫からは長い間、メール一つありません。女は男の不倫を確信しています。相手はモリサキヤスコ。きっと、もう半同棲状態なんだろうと。

この頃、折に触れ、女は激しく眠くなります。そして、思うのでした。

少しだけ眠ろう・・・・・・・ 悲しみに耐えるために

この本を読んでみてください係数 85/100

JR高田馬場駅戸山口 (河出文庫)

◆柳 美里
1968年神奈川県横浜市中区生まれ。
横浜共立学園高等学校中退。後、演劇活動を経て小説家デビュー。

作品 「魚の祭」(岸田國士戯曲賞)「家族シネマ」「フルハウス」「命」「8月の果て」「雨と夢のあとに」「ゴールドラッシュ」「JR上野駅公園口」「飼う人」 他多数

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