『きりこについて』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2015/06/29
『きりこについて』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(か行), 西加奈子
『きりこについて』西 加奈子 角川書店 2011年10月25日初版
きりこという、それはそれは「ぶす」な女の子がいます。どれほどのぶすなのかという点に関しては、引用が長くなりますので、ここでは割愛させていただきます。が、そのぶす加減が並大抵のものではないということだけは、ご承知おきください。
そんなきりこですが、両親には「可愛い、可愛い」と育てられ、際立ったぶす故に、彼女を前にして容姿のことを口にする人はいません。おかげで、幼稚園に入っても、小学校に上がる頃になっても、きりこは「可愛い女の子」然としています。
彼女は、オスの黒猫を飼っています。猫の名はラムセス2世、エジプトのハンサムで機知に富んだ王様の名前で、迷わずきりこがつけた名前です。このラムセス2世が、普通の猫ではありません。IQ値が異常に高く、人の言葉が分かります。
ラムセス2世はきりこのことが好きで、拾ってもらったことを恩義に感じています。人間界ではぶすだと言われる彼女の顔も、猫の彼にとっては大変良い具合に思えます。
きりこは、ラムセス2世を「賢いなぁ、賢いなぁ」と褒めます。「可愛い」とは決して言いません。彼は、そのことに感謝しています。きりこは、猫が言われて一番嬉しい言葉を言ってくれる。とんでもなく立派な飼い主に出会ってしまったと、ラムセス2世は濡れた鼻と桃色の肉球を、ぴくぴくとさせるのでした。
・・・・・・・・・・
きりこに転機(これはまぎれもなく悲劇です)が訪れるのは小学5年生の秋、生理が始まった11歳の時のことです。彼女は、以前から想いを寄せる初恋の相手・こうた君に自分の気持ちを伝えようと手紙を書くことを思い付きます。
ラムセス2世に助言を受けながら(この頃になると、きりことラムセス2世の間での意思疎通はほぼ完璧なものになっています)、試行錯誤の末、きりこは渾身の作と言える手紙を完成させます。
ピンクの花模様の便箋に、たくさんのハートマーク。こうた君への溢れんばかりの愛情をきちんと伝えつつ、ウイットにも富んだ手紙。きりこは眠れない夜を過ごし、次の日早く、こうた君の下駄箱にそっと手紙を入れます。
ところが、きりこの手紙は、こうた君に見つけられる前に他の男子によって黒板に貼り出されてしまいます。クラス中が大騒ぎになり、皆の前で朗読が始まります。きりこは絶望しながらも、ここではまだ余裕があります。むしろ自分の気持ちを堂々と宣言できると喜んで、他の女子への牽制になるとさえ思っています。
しかし、本当の悲劇は、次の瞬間に訪れます。
「やめてくれ、あんなぶす。」
こうた君が、他の男子より一層低い声で、こう言い放ちます。一瞬の静けさの後、教室中花火が打ちあがったような騒ぎになります。
今まで腑に落ちなかったこと。何気に感じてはいたけれど、子供心に、正直に言ったり思ったりしてはいけないと信じていたこと。
じわじわとくすぶらせていた、きりこの振舞いと容姿のアンバランスさ故の「納得できない」感じが、ここへ来て、こうた君のひと言で、一気に解明し結論付けられたのです。
・・・・・・・・・・
きりこの「女」としての人生は、こうして、不幸なスタートを切ります。その後、きりこは2年間鏡を見つめ続け、やがて鏡を見なくなり、中学へ行けなくなり高校にも行きません。ある時期拒食症になり、17歳になると過食症になります。
その間、きりこのそばにはいつも、ラムセス2世がいます。実はラムセス2世こそが、きりこのどういうところが「人間界の中でのぶす」であるか、皆がきりこのことをどう思っているかということを、誰より的確に、冷静に、客観的に、頭脳明晰に、リリカルに、答えることが出来ます。
しかし、ラムセス2世は、きりこにそれを教えません。なぜなら、きりこが、きりこのやり方で、いつか知るべきであると、思っているからです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。
作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「通天閣」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「ふくわらい」「サラバ!」他
◇ブログランキング
関連記事
-
-
『うつくしい人』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『うつくしい人』西 加奈子 幻冬舎文庫 2011年8月5日初版 うつくしい人 (幻冬舎文庫)
-
-
『樽とタタン』(中島京子)_書評という名の読書感想文
『樽とタタン』中島 京子 新潮文庫 2020年9月1日発行 樽とタタン(新潮文庫) 今
-
-
『肝、焼ける』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文
『肝、焼ける』朝倉 かすみ 講談社文庫 2009年5月15日第1刷 肝、焼ける (講談社文庫
-
-
『私に付け足されるもの』(長嶋有)_書評という名の読書感想文
『私に付け足されるもの』長嶋 有 徳間書店 2018年12月31日初版 私に付け足されるもの
-
-
『劇団42歳♂』(田中兆子)_書評という名の読書感想文
『劇団42歳♂』田中 兆子 双葉社 2017年7月23日第一刷 劇団42歳
-
-
『その先の道に消える』(中村文則)_書評という名の読書感想文
『その先の道に消える』中村 文則 朝日新聞出版 2018年10月30日第一刷 その先の道に消え
-
-
『八月六日上々天氣』(長野まゆみ)_書評という名の読書感想文
『八月六日上々天氣』長野 まゆみ 河出文庫 2011年7月10日初版 八月六日上々天氣 (河出
-
-
『きみは誤解している』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文
『きみは誤解している』佐藤 正午 小学館文庫 2012年3月11日初版 きみは誤解している (
-
-
『ゴースト』(中島京子)_書評という名の読書感想文
『ゴースト』中島 京子 朝日文庫 2020年11月30日第1刷 ゴースト (朝日文庫)
-
-
『十九歳のジェイコブ』(中上健次)_書評という名の読書感想文
『十九歳のジェイコブ』中上 健次 角川文庫 2006年2月25日改版初版発行 十九歳のジェイコブ