『残された者たち』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『残された者たち』小野 正嗣 集英社文庫 2015年5月25日第一刷


残された者たち (集英社文庫)

 

尻野浦小学校には、杏奈先生と飛鷹かおるという生徒、そして英語まじりで話をする校長先生がいるばかり。そう、ここは海沿いの限界集落。残りの住民はかおるの父とかおるの兄だけ。そこにある日、山向こうの「ガイコツジン」集落から、エトー君がやってきて-。それぞれの人生を抱え、集まった人たちの濃密な関係が織りなす、風変りな家族の物語。芥川賞受賞作家によるオリジナル長編小説。(文庫本解説より)

大分県南部に位置する、入り組んだ海岸線に囲まれた湾沿いの小さな集落。尻野浦は、もはや地図にも載らない、忘れられたような土地です。

この物語に登場する人物は、全部で6人。その内5人が尻野浦の住民で、それが「集落」の全人口です。尻野浦は、限界集落の〈限界〉をもうとっくのとうに突き抜けて、半ば廃墟と化した集落です。

もともと小さな漁村で、人々に働き口を提供する産業などはほとんどありません。若者たちはよその土地へ出て行き、よその土地で結婚し、家庭を持ちます。地元に残った人たちもまた、買い物や病院に行くのにより便利な近在の土地へ移り住みます。

土地を離れなかった者たちは、ひとりまたひとりと老い、死んでいきます。集落は空き家ばかりになっています。この小説は、そんな辺鄙な入り江の町に残された不思議な家族と、その家族に寄り添う隣人たちの物語です。
・・・・・・・・・・
家族を語る前に、まず紹介すべきは校長先生です。名前を町田長兵衛と言い、小野正嗣の小説には珍しく大変ユニークな人物です。陽気で饒舌、ダジャレと英語が大好きで、会話の中におかしな英語を混ぜては一人悦に入っています。

「心配は、ファイブ、シックス、フォー」・・・、心配は〈御・無・用〉と言い、「なーんも心配いらん。心配アゼルバイジャンじゃ」と笑います。家があるのに寝起きは小学校で済ませ、教員免許がないのに校長で、市町村合併で町がなくなった今でも町長です。

問題は、何もありません。何しろ、校長を除けば残りは4人。その中の一人が杏奈先生で、もう一人が生徒のかおる。後は、かおるの父親と兄がいるだけです。しかも、尻野浦で生まれ育ったのは校長ただ一人。尻野浦のすべてを知っているのは、校長だけなのです。

杏奈は、教員免許こそ持ってはいるものの正規の教師ではありません。元いた町の小学校を辞めて尻野浦へ来ています。教師はあくまでボランティア、ここへ来たのは校長の口利きのおかげです。契約は1年、その後は採用試験を受け直し正式に教職に復帰しようと考えています。

かおるの父親の名前は、飛鷹一男。一男は70歳で、校長は尊敬の念を込めて一男を「トビタカしぇんしぇい」と呼びます。「トビタカしぇんしぇい」は元大学のフランス語の教師、インテリです。定年後、勧められて尻野浦に移住してきた人物です。

かおるの兄の純は、市の臨時職員。集落の背をなす根切山の向こう側、今や「ガイコツジン」(尻野浦では以前から外国人をこう呼んでいます)の集落と化した〈干猿〉へ生活物資を運ぶ仕事をしています。
・・・・・・・・・・
この辺りで、皆さんはちょっと変だなと感じてないでしょうか。かおるは、7歳の小学生です。なのに、父親が70歳の一男で、兄の純も立派な成人です。いくらなんでも歳が離れすぎているのでは? と思われているのではないですか。

そうです。もうお察しだと思いますが、かおるは飛鷹一男の実の娘ではありません。かおるは、一男が施設から引き取り、わが子として育てている子どもです。さらに意表を突かれるのが、兄の純。純は一男の実の子でないだけでなく、実は日本人でもありません。

つまり、飛鷹一家は家族と言えども、誰一人血の繋がった関係ではないのです。かおるは母親に捨てられた子、純はベトナムからやって来た難民の一人です。2人は互いに辛い過去を抱えながらも、尻野浦で健気に暮らしているのです。

ここでは、もはや人と人を遮る境目などというものの存在が限りなく曖昧なものになっています。血縁を超えた土地との繋がりの中で、お人好しの校長はむろんのこと、新参者の杏奈さえ、早々に〈尻野浦の家族〉になろうとしています。

そんな集落へ、かおるが連れて来た〈次なる家族〉は、エトー君という、干猿に住む「ガイコツジン」の少年です。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


残された者たち (集英社文庫)

◆小野 正嗣
1970年大分県蒲江町(現佐伯市)生まれ。
東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科、パリ第8大学卒業。
現在、立教大学文学部文学科文芸思想専修准教授。

作品 「水に埋もれる墓」「森のはずれで」「にぎやかな湾に背負われた船」「線路と川と母のまじわるところ」「夜よりも大きい」「獅子渡り鼻」「九年前の祈り」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『獅子渡り鼻』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『獅子渡り鼻』小野 正嗣 講談社文庫 2015年7月15日第一刷 獅子渡り鼻 (講談社文庫)

記事を読む

『世にも奇妙な君物語』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『世にも奇妙な君物語』朝井 リョウ 講談社文庫 2018年11月15日第一刷 世にも奇妙な君

記事を読む

『恋に焦がれて吉田の上京』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『恋に焦がれて吉田の上京』朝倉 かすみ 新潮文庫 2015年10月1日発行 恋に焦がれて吉田の

記事を読む

『オロロ畑でつかまえて』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『オロロ畑でつかまえて』 荻原 浩 集英社 1998年1月10日第一刷 オロロ畑でつかまえて

記事を読む

『悪い恋人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『悪い恋人』井上 荒野 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 悪い恋人 (朝日文庫) 恋

記事を読む

『骨を彩る』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『骨を彩る』彩瀬 まる 幻冬舎文庫 2017年2月10日初版 骨を彩る (幻冬舎文庫) 十年

記事を読む

『空飛ぶタイヤ』(池井戸潤)_書評という名の読書感想文

『空飛ぶタイヤ』 池井戸 潤 実業之日本社 2008年8月10日第一刷 @1,200 &n

記事を読む

『琥珀のまたたき』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『琥珀のまたたき』小川 洋子 講談社文庫 2018年12月14日第一刷 琥珀のまたたき (講

記事を読む

『なめらかで熱くて甘苦しくて』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『なめらかで熱くて甘苦しくて』川上 弘美 新潮文庫 2015年8月1日発行 なめらかで熱くて甘

記事を読む

『地獄行きでもかまわない』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『地獄行きでもかまわない』大石 圭 光文社文庫 2016年1月20日初版 地獄行きでもかまわな

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 騙

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治)_書評という名の読書感想文

『ケーキの切れない非行少年たち』宮口 幸治 新潮新書 2020年9月

『ひとでちゃんに殺される』(片岡翔)_書評という名の読書感想文 

『ひとでちゃんに殺される』片岡 翔 新潮文庫 2021年2月1日発行

『藤色の記憶』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『藤色の記憶』あさの あつこ 角川文庫 2020年12月25日初版

『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑