『わたしの本の空白は』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2021/08/07 『わたしの本の空白は』(近藤史恵), 作家別(か行), 書評(わ行), 近藤史恵

『わたしの本の空白は』近藤 史恵 ハルキ文庫 2021年7月18日第1刷

わたしの本の空白は (ハルキ文庫)

気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし。目は覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。夫を名乗る人が現れたけれど、嬉しさよりも違和感だけが立ち上る。本当に彼はわたしが愛した人だったの? 何も思い出せないのに、自分の心だけは真実を知っていた・・・・・・・。”愛” を突き詰めた先にあったものとは - 。最後まで目が離せない傑作サスペンス長編。(ハルキ文庫)

この小説は、角川春樹事務所が発行するPR誌 《ランティエ》 に、2017年2月号から2018年2月号にかけて連載されたものの単行本化、次いで文庫化なった作品です。

ある朝、病院のベッドで目覚めた主人公・三笠南 (みかさ・みなみ) には、過去の記憶が一切ありません。自分が誰で、なぜ此処にいるのかもまるでわかりません。生まれたばかりの子どものように、人として彼女は “丸裸” の状態でした。

しばらくしてわかるのですが、彼女が記憶を失くしたのは、自宅の二階から階段を転げ落ちたことが原因でした。転げ落ちて気絶した彼女は病院に運ばれ、三日間ほど眠り続けてある朝目が覚めるのですが、過去の記憶の一切合切が消えているのに気付きます。

そして - ここが重要なのですが - 確かに生きていたという実感と、ある “微かな感触” だけが残っています。

- と、これが物語の導入部です。どうでしょう? 中々に無理のある設定に思えるこの状況を、些末な事と見過ごすか、リアリティに欠けると批判するかは読者であるみなさんに委ねることとしますが、いずれにせよ、

話の成行き上、そうでなければならない事情があります。この前提なくして、物語は始まりません。

著者は 《ランティエ》 2018年7月号掲載のインタヴューで、「この作品で一番やりたかったのは、大げさな言い方ですけど “愛を解体する” こと。血まみれになって解体した末に愛が死骸のように横たわっている状態を描き出すことには、成功したと思っています。こういう解体の仕方をした作品は、あまりないだろうと思いますし」 と述べている。(解説より)

本当にそうなんでしょうか? 残念ながら、私にはそうは思えません。

本人的には 「成功したと思っている」 ことと、読者がどう感じ、どう受けとめたかはまた別の問題で、毎度毎度、著者の思う通りに読者に届くとは限りません。

それより何より、この小説が描こうとしていることが、思う以上に難しいし、ややこしい。もうちょっとわかりやすいスチュエーションで書いてほしかった。そうでないと、読者はきっと中途で読むのを止めてしまうのではないかと。

加えて言うと、主人公の南がそうなら、南の夫・慎也も、南が本当に愛していた (はずの) 慎也の弟・晴哉も、いまいちキャラクターがはっきりしません。すべてが曖昧で、結局それが最後まで続きます。悪人なら悪人らしく、そうでないならないふうに、きちんと書き分けてほしかったと思います。

この本を読んでみてください係数  75/100

わたしの本の空白は (ハルキ文庫)

◆近藤 史恵
1969年大阪府生まれ。
大阪芸術大学文芸学科卒業。

作品 「凍える島」「カナリアは眠れない」「サクリファイス」「ねむりねずみ」「巴之丞鹿の子」「天使はモップを持って」他多数

関連記事

『迅雷』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『迅雷』黒川 博行 双葉社 1995年5月25日第一刷 迅雷 (文春文庫)  

記事を読む

『神様』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『神様』川上 弘美 中公文庫 2001年10月25日初版 神様 (中公文庫) なぜなんだろうと。

記事を読む

『櫛挽道守(くしひきちもり)』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『櫛挽道守(くしひきちもり)』木内 昇 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 櫛挽道守 (

記事を読む

『妖談』(車谷長吉)_書評という名の読書感想文

『妖談』車谷 長吉 文春文庫 2013年7月10日第一刷 妖談 (文春文庫)  

記事を読む

『サンブンノニ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『サンブンノニ』木下 半太 角川文庫 2016年2月25日初版 サンブンノニ (角川文庫)

記事を読む

『村上春樹は、むずかしい』(加藤典洋)_書評という名の読書感想文

『村上春樹は、むずかしい』加藤 典洋 岩波新書 2015年12月18日第一刷 村上春樹は、むず

記事を読む

『二人道成寺』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『二人道成寺』近藤 史恵 角川文庫 2018年1月25日初版 二人道成寺 (角川文庫)

記事を読む

『バラカ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『バラカ』桐野 夏生 集英社 2016年2月29日第一刷 バラカ   ア

記事を読む

『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷 赤と白 (集英社文庫) 冬は

記事を読む

『死刑にいたる病』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『死刑にいたる病』櫛木 理宇 早川書房 2017年10月25日発行 死刑にいたる病 (ハヤカワ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『くもをさがす』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『くもをさがす』西 加奈子 河出書房新社 2023年4月30日初版発

『悪口と幸せ』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『悪口と幸せ』姫野 カオルコ 光文社 2023年3月30日第1刷発行

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』(椰月美智子)_書評という名の読書感想文

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』椰月 美智子 双葉文庫 2

『せんせい。』(重松清)_書評という名の読書感想文

『せんせい。』重松 清 新潮文庫 2023年3月25日13刷

『怪物』(脚本 坂元裕二 監督 是枝裕和 著 佐野晶)_書評という名の読書感想文

『怪物』脚本 坂元裕二 監督 是枝裕和 著 佐野晶 宝島社文庫 20

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑