『ざんねんなスパイ』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『ざんねんなスパイ』(一條次郎), 一條次郎, 作家別(あ行), 書評(さ行)

『ざんねんなスパイ』一條 次郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

レプリカたちの夜で大ブレークした奇才によるユーモア・スパイアクション!

私は73歳の新人スパイ、コードネーム・ルーキー。初任務で市長を暗殺するはずが、友だちになってしまった・・・・・・・。福音を届けにきてペーパーナイフで殺されたイエス・キリスト。泥棒稼業の隣人マダム。うっかり摘発したワリダカ社長の密造酒工場。森で出会った巨大なリス・キョリス!? 一度ハマれば抜け出せない。連鎖する不条理が癖になる傑作ユーモア・スパイアクション。対談・伊坂幸太郎 (新潮文庫)

こんな小説が書けたら楽しいだろうな、と思わずにはいられません! でも読むことはできるのだから幸せです。面白いけれど謎だらけ、少し不謹慎だけれど可愛らしくて、みんなが踊りたくなる傑作だと思います!  伊坂幸太郎

作者は何かの電波を受信した、あるいはへんなものを食べて2、3日高熱に浮かされたとしか思えない。  代官山蔦屋書店 間室道子

市長を暗殺しにこの街へやってきたのに、そのかれと友だちになってしまった・・・・・・・。
それはわたしにとって初めての任務だった。長年わたしは太平洋西岸の多島海国、ニホーン政府当局で内勤の清掃作業員として働いていたのだが、七十三歳にしてついに出番がまわってきたのだ。

スパイが任務を帯びるにしてはおそい年齢だとおもわれるかもしれない。だがわたしは特別だ。幼少のころからスパイ養成施設 〈オーファン〉 で暗殺者になるべく英才教育のもと育てられたのだから。

エリート中のエリート。それがわたしだ。頭脳明晰成績優秀。最終兵器とっておき。リーサルウェポンワイルドカード。つまりこの年齢になるまで “温存” されてきたのだ。今回の市長暗殺計画はそれだけ重大な任務であるということを意味する。

わたしはいわばサラブレッド。両親ともに諜報部員だった。ふたりとも駐在スパイとして長年潜伏していたアラスカで殉職した。わたしはまだ幼かったから親の仕事はおぼえていない。アラスカの大地があたまのかたすみにのこっているだけだ。(後略)

両親は腕利きのスパイだったにちがいない。わたしはその血を受け継いでいた。こうして重大な任務を命じられたのも、もって生まれた才能とたゆまぬ訓練のたまものだろう。もちろん日々の清掃作業をおろそかにしたことはない。どこもかしこも念入りにごみをはらい、隅々までぴかぴか。清潔な空間というのはそれだけで気持ちがいい。だれもいない静かな廊下を水拭きするときなど、なめらかなモップさばきでアステアのように軽やかなタップをふんでいることさえあった。

清掃員というのはその気になればあらゆる内部情報に接触可能、これほどまでに当局の最深部に潜りこめる人間はいない。とてもじゃないがだれにでもまかせられるような仕事ではない。忠誠心がなによりも大切だ。その点わたしは全幅の信頼をおかれていた。(本文より)

かくして彼は任務の途に就きます。

暗殺の標的となっている市長は、街の独立を目論んでいました。
その街は、敵の脅威からニホーン国を守るのに欠かすことのできない軍事的な要所でした。もしも街が独立すれば、ニホーン国は重大な危機に陥ってしまいます。首尾よく市長をなきものにすれば、報酬として、彼には引退後のアラスカ暮らしが約束されていました。

七十三歳の老スパイの、最初にして最後の大仕事。彼はぜひにも政府の期待に応えようと、強く心に誓うのでした。

※既にお察しの通り、これは誰もが思うところのスパイ小説ではありません。スパイ小説に名を借りた (およそらしくない) 完全無欠のコメディーです。くれぐれも、お門違いの期待をなさらぬように。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆一條 次郎
1974年生まれ。福島県在住。
山形大学人文学部卒業。

作品 「レプリカたちの夜」「動物たちのまーまー」等

関連記事

『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 もうすぐ

記事を読む

『作家刑事毒島』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島』中山 七里 幻冬舎文庫 2018年10月10日初版 内容についての紹介文を、二つ

記事を読む

『ジェントルマン』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ジェントルマン』山田 詠美 講談社文庫 2014年7月15日第一刷 第65回 野間文芸賞受賞

記事を読む

『レプリカたちの夜』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『レプリカたちの夜』一條 次郎 新潮文庫 2018年10月1日発行 いきなりですが、本文の一部を

記事を読む

『呪文』(星野智幸)_書評という名の読書感想文

『呪文』星野 智幸 河出文庫 2018年9月20日初版 さびれゆく商店街の生き残りと再生を画策す

記事を読む

『線の波紋』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『線の波紋』長岡 弘樹 小学館文庫 2012年11月11日初版 思うに、長岡弘樹という人は元

記事を読む

『殺人依存症』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『殺人依存症』櫛木 理宇 幻冬舎文庫 2020年10月10日初版 息子を六年前に亡

記事を読む

『北斗/ある殺人者の回心』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『北斗/ある殺人者の回心』石田 衣良 集英社 2012年10月30日第一刷 著者が一度は書き

記事を読む

『くらやみガールズトーク』(朱野帰子)_書評という名の読書感想文

『くらやみガールズトーク』朱野 帰子 角川文庫 2022年2月25日初版 「わたし

記事を読む

『作家的覚書』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『作家的覚書』高村 薫 岩波新書 2017年4月20日第一刷 「図書」誌上での好評連載を中心に編む

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーラの発表会』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『オーラの発表会』綿矢 りさ 集英社文庫 2024年6月25日 第1

『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

『半島へ』(稲葉真弓)_書評という名の読書感想文

『半島へ』稲葉 真弓 講談社文芸文庫 2024年9月10日 第1刷発

『赤と青とエスキース』(青山美智子)_書評という名の読書感想文

『赤と青とエスキース』青山 美智子 PHP文芸文庫 2024年9月2

『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑