『ざんねんなスパイ』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『ざんねんなスパイ』一條 次郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

ざんねんなスパイ(新潮文庫)

レプリカたちの夜で大ブレークした奇才によるユーモア・スパイアクション!

私は73歳の新人スパイ、コードネーム・ルーキー。初任務で市長を暗殺するはずが、友だちになってしまった・・・・・・・。福音を届けにきてペーパーナイフで殺されたイエス・キリスト。泥棒稼業の隣人マダム。うっかり摘発したワリダカ社長の密造酒工場。森で出会った巨大なリス・キョリス!? 一度ハマれば抜け出せない。連鎖する不条理が癖になる傑作ユーモア・スパイアクション。対談・伊坂幸太郎 (新潮文庫)

こんな小説が書けたら楽しいだろうな、と思わずにはいられません! でも読むことはできるのだから幸せです。面白いけれど謎だらけ、少し不謹慎だけれど可愛らしくて、みんなが踊りたくなる傑作だと思います!  伊坂幸太郎

作者は何かの電波を受信した、あるいはへんなものを食べて2、3日高熱に浮かされたとしか思えない。  代官山蔦屋書店 間室道子

市長を暗殺しにこの街へやってきたのに、そのかれと友だちになってしまった・・・・・・・。
それはわたしにとって初めての任務だった。長年わたしは太平洋西岸の多島海国、ニホーン政府当局で内勤の清掃作業員として働いていたのだが、七十三歳にしてついに出番がまわってきたのだ。

スパイが任務を帯びるにしてはおそい年齢だとおもわれるかもしれない。だがわたしは特別だ。幼少のころからスパイ養成施設 〈オーファン〉 で暗殺者になるべく英才教育のもと育てられたのだから。

エリート中のエリート。それがわたしだ。頭脳明晰成績優秀。最終兵器とっておき。リーサルウェポンワイルドカード。つまりこの年齢になるまで “温存” されてきたのだ。今回の市長暗殺計画はそれだけ重大な任務であるということを意味する。

わたしはいわばサラブレッド。両親ともに諜報部員だった。ふたりとも駐在スパイとして長年潜伏していたアラスカで殉職した。わたしはまだ幼かったから親の仕事はおぼえていない。アラスカの大地があたまのかたすみにのこっているだけだ。(後略)

両親は腕利きのスパイだったにちがいない。わたしはその血を受け継いでいた。こうして重大な任務を命じられたのも、もって生まれた才能とたゆまぬ訓練のたまものだろう。もちろん日々の清掃作業をおろそかにしたことはない。どこもかしこも念入りにごみをはらい、隅々までぴかぴか。清潔な空間というのはそれだけで気持ちがいい。だれもいない静かな廊下を水拭きするときなど、なめらかなモップさばきでアステアのように軽やかなタップをふんでいることさえあった。

清掃員というのはその気になればあらゆる内部情報に接触可能、これほどまでに当局の最深部に潜りこめる人間はいない。とてもじゃないがだれにでもまかせられるような仕事ではない。忠誠心がなによりも大切だ。その点わたしは全幅の信頼をおかれていた。(本文より)

かくして彼は任務の途に就きます。

暗殺の標的となっている市長は、街の独立を目論んでいました。
その街は、敵の脅威からニホーン国を守るのに欠かすことのできない軍事的な要所でした。もしも街が独立すれば、ニホーン国は重大な危機に陥ってしまいます。首尾よく市長をなきものにすれば、報酬として、彼には引退後のアラスカ暮らしが約束されていました。

七十三歳の老スパイの、最初にして最後の大仕事。彼はぜひにも政府の期待に応えようと、強く心に誓うのでした。

※既にお察しの通り、これは誰もが思うところのスパイ小説ではありません。スパイ小説に名を借りた (およそらしくない) 完全無欠のコメディーです。くれぐれも、お門違いの期待をなさらぬように。

この本を読んでみてください係数 85/100

ざんねんなスパイ(新潮文庫)

◆一條 次郎
1974年生まれ。福島県在住。
山形大学人文学部卒業。

作品 「レプリカたちの夜」「動物たちのまーまー」等

関連記事

『背中の蜘蛛』(誉田哲也)_第162回 直木賞候補作

『背中の蜘蛛』誉田 哲也 双葉社 2019年10月20日第1刷 背中の蜘蛛 池袋署刑事

記事を読む

『事件』(大岡昇平)_書評という名の読書感想文

『事件』大岡 昇平 創元推理文庫 2017年11月24日初版 事件 (創元推理文庫) 196

記事を読む

『ナキメサマ』(阿泉来堂)_書評という名の読書感想文

『ナキメサマ』阿泉 来堂 角川ホラー文庫 2020年12月25日初版 ナキメサマ (角川ホラ

記事を読む

『角の生えた帽子』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『角の生えた帽子』宇佐美 まこと 角川ホラー文庫 2020年11月25日初版 角の生えた帽子

記事を読む

『地獄への近道』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『地獄への近道』逢坂 剛 集英社文庫 2021年5月25日第1刷 地獄への近道 (集英社文庫

記事を読む

『こちらあみ子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『こちらあみ子』今村 夏子 ちくま文庫 2014年6月10日第一刷 こちらあみ子 (ちくま文庫

記事を読む

『楽園の真下』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『楽園の真下』荻原 浩 文春文庫 2022年4月10日第1刷 「日本でいちばん天国に

記事を読む

『ひりつく夜の音』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『ひりつく夜の音』小野寺 史宜 新潮文庫 2019年10月1日発行 ひりつく夜の音 (新潮文

記事を読む

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版 かか 19歳の浪人生う

記事を読む

『十九歳のジェイコブ』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『十九歳のジェイコブ』中上 健次 角川文庫 2006年2月25日改版初版発行 十九歳のジェイコブ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行

『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『犬のかたちをしているもの』高瀬 隼子 集英社文庫 2022年9月1

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行

『緑の我が家』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『緑の我が家』小野 不由美 角川文庫 2022年10月25日初版発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑