『不愉快な本の続編』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『不愉快な本の続編』絲山 秋子 新潮文庫 2015年6月1日発行


不愉快な本の続編

 

性懲りもなくまたややこしい本に手を出してしまった、という感じでしょうか。内容を確かめもせずに表紙のカバーやタイトルを見るだけ、あとは(頼りない、ホントに学習しようとしない)自分の直感だけを信じて本を選んでいると、度々こんな目に遭います。

『異邦人』ムルソーを思わせる嘘つき男の・・・云々、と書かれた帯のフレーズに少しばかり反応して、躊躇したことは躊躇したのですが、まあいいかと買った挙句がこんな始末です。軽めの文章に騙されてはいけません。これは、ナカナカに難解な小説です。

何しろ、実存主義の金字塔と評されるアルベール・カミュの『異邦人』が引合いになるくらいの内容なわけです。となると、少なくとも『異邦人』という小説のあらかただけでも知る必要があるということ、でないと正しくは理解できませんよ、ということになります。
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仕方がないので、確認するとしますか。『異邦人』とは、こんな小説です。

アルジェリアのアルジェに暮らす主人公ムルソーのもとに、母の死を知らせる電報が、養老院から届く。母の葬式のために養老院を訪れたムルソーは、涙を流すどころか、特に感情を示さなかった。

葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど、普段と変わらない生活を送るが、ある日、友人レエモンのトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺してしまう。ムルソーは逮捕され、裁判にかけられることになった。裁判では、母親が死んでからの普段と変わらない行動を問題視され、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾される。

裁判の最後では、殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と述べた。死刑を宣告されたムルソーは、懺悔を促す司祭を監獄から追い出し、死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする。(Wikipedia のあらすじ紹介より)

そう言えば、小説が始まる前に著者自身が『異邦人』の中からこんな一節を記しています。

私は、早口にすこし言葉をもつれさせながら、そして、自分の滑稽さを承知しつつ、それは太陽のせいだ、といった。廷内に笑い声があがった。

ここまで書くと、最初に私が「ややこしい本に手を出してしまった」と感じた理由が、もうお分かりいただけるのではないでしょうか。

そうなのです。この小説は「人の生き死に」に関わる不条理さを突き詰めた、まことに感想が書きづらい小説なのです。言い方を変えると、どう書こうが間違いだとも言えず、一方どんな理屈をこねくり回しても決して正解にはたどり着けない、そんな小説なのです。

なぜなら、その不条理さの、「不条理さ具合」こそが、この小説の主題なのですから。
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主人公の乾ケンジロウは、過去の自分の人生を「自虐のサイクル」だと言い、「不愉快な本」であると喩えています。元々は農林省へ入ろうかというくらいの人物ですが、大学生の途中から身を持ち崩し、ヒモになり、今ではチンケな金貸しをしています。

乾はこの辺りで一旦自分の人生をリセットしようと考え、予備校時代の友人・イサオが故郷へ帰るタイミングに乗じて、東京を離れ、イサオと同じく新潟へと移り住みます。そこでユミコという女性と出会い、初めて恋をして、結婚します。

結婚生活は2年余り、その後に離婚。新潟から隣の富山へ移り、今度は大学時代の同級生・杉村明日香と偶然再会するのですが、深い関係になることはありません。

東京へ戻る明日香を富山空港で捉まえた乾は、美術館から盗み出したジャコメッティの「裸婦立像」を、餞別だといって彼女に渡します。なぜそんなことをしなければならないのかと訊ねたところで、盗んだことには、はなから意味などありません。彼は昔から、なぜとか意味とかが大キライです。

搭乗口に並ぶダークスーツの群れが、彼には「家畜」の群れに思えます。その一方で、「こいつらみんな東京に行くのか。いいなあ」などと思っているのは、東京が晴れているからです。彼は、晴れている東京を恋しく思っています。冬でも、いつも晴れていると思って、愛しい気持ちになっています。

振り向いた明日香に手も振らずに外に出て、誰もいない駐車場で彼は思い切り伸びをして、「ああオレも太陽が見てえ」と呟きます。このとき、乾はすでに、自分の故郷である広島の呉へ帰ろうと心に決めています。自分にはもう何もないと思い、なしくずしに、死ぬことを考えています。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


不愉快な本の続編

◆絲山 秋子
1966年東京都世田谷区生まれ。群馬県高崎市在住。本名は西平秋子。
早稲田大学政治経済学部卒業。

作品 「イッツ・オンリー・トーク」「袋小路の男」「海の仙人」「沖で待つ」「逃亡くそたわけ」「ニート」「エスケイプ/アブセント」「忘れられたワルツ」他多数

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