『恋する寄生虫』(三秋縋)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『恋する寄生虫』(三秋縋), 三秋縋, 作家別(ま行), 書評(か行)

『恋する寄生虫』三秋 縋 メディアワークス文庫 2021年10月25日27版発行

これはによってもたらされた、臆病者たちの恋の物語。

何から何までまともではなくて、
しかし、紛れもなくそれは恋だった。

「ねえ、高坂さんは、こんな風に考えたことはない? 自分はこのまま、誰と愛し合うこともなく死んでいくんじゃないか。自分が死んだとき、涙を流してくれる人間は一人もいないんじゃないか」
失業中の青年・高坂賢吾と不登校の少女・佐薙ひじり。二人は、社会復帰に向けてリハビリを共に行う中で惹かれ合い、やがて恋に落ちる。
しかし、幸福な日々はそう長くは続かなかった。彼らは知らずにいた。二人の恋が、〈虫〉 によってもたらされた 「繰り人形の恋」 に過ぎないことを - 。(メディアワークス文庫)

大学卒業後、地方の小さなシステム開発会社に就職した高坂賢吾は、入社からちょうど一年が過ぎた頃、聞けば誰もが首を傾げるような理由で会社を自己都合退職した。それからほぼ一年おきに同じようなことを繰り返し、職場を転々としているうちに、ふと精神を病んだ。しかし本人に病の自覚はなく、ひどいときは呼吸さえ億劫になるほどの憂鬱も、ふとした瞬間に頭をよぎる死の誘惑も、夜中わけもなく溢れ出てくる涙も、すべては冬の寒さのせいにすぎないと考えていた。

二十七歳の冬のことだ。思えば、奇妙な冬だった。いくつかの出会いがあり、そして別れがあった。幸福な偶然があり、不幸な事故があった。大きく変化したものがあり、まったく変わらなかったものがあった。

その冬、彼は遅すぎる初恋を経験した。相手は一回り近く年下の少女だった。心を病んだ失業中の青年と、虫愛づる不登校の少女。何から何までまともではなくて、しかし、紛れもなくそれは恋だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「終生交尾? 」 と高坂は訊き返した。
「そう。終生交尾」 少女は肯いた。「フタゴムシはその半生を、パートナーと結合したまま過ごすの」

「こんな美しい姿をしてるけれど、扁形動物門単生綱に属する立派な寄生虫なんだ」

「これは、二匹のフタゴムシがX字状に癒着した姿なの」
少女は両手の人差し指を交差させてその様子を表現した。

「- フタゴムシは、一個体が雄の生殖器官と雌の生殖器官の両方を持ってるの。雌雄同体ってやつだね。だから本来なら交尾相手がいなくても自家受精を行えるはずなんだけれど、なぜかそうはしない。苦労してパートナーを見つけ出して、互いの精子を交換する」

フタゴムシはパートナーを選り好みしない。まるで一目惚れが宿命づけられているかのように、生まれて初めて出会った相手となんの疑いもなく結合する。フタゴムシはパートナーを最後まで見捨てない。一度繋がったフタゴムシは、二度と互いを離さない。無理に引き剥がすと、死んでしまう。故に終生交尾。「比翼の鳥」 「連理の枝」 のようである。

※極端な潔癖症の青年・高坂賢吾と、人間ぎらいで視線恐怖症の少女・佐薙ひじりが恋をする - するにはするのですが、互いが抱えた病苦ゆえ、(そしておそらくは、人に棲み付いた新種の寄生虫ゆえ) 中々に、事は思うように運びません。

寄生虫に関するあれやこれやにやけに詳しいひじりは、自分の人格そのものが、 体内に潜む 〈虫〉 によって自在にコントロールされているのではないかと疑っています。そして、付き合い出した相手の高坂も、実は自分と同じではないかと、密かに予感しています。

恋する寄生虫
2021年11月12日(金) Roadshow
林 遣都 小松菜奈 井浦 新 石橋 凌
配給 KADOKAWA
Ⓒ2021 「恋する寄生虫」 制作委員会

この本を読んでみてください係数 85/100

◆三秋 縋
1990年生まれ、岩手県出身の作家。ウェブ上で 『げんふうけい』 名義の小説も発表し、人気を博している。

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