『あの女』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文
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『あの女』(真梨幸子), 作家別(ま行), 書評(あ行), 真梨幸子
『あの女』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2015年4月25日初版
ただ幸せになりたいだけなのに。それだけなのに、つい自分の幸せと誰かの幸せを比較してしまう。ヤキモキして、勝手にもがき苦しんで、戦いを挑んだ挙句に自爆する。女の戦いとは、そういうものらしい。
小説の文庫化を記念して行われたインタビューの中で、真梨幸子はこんなことを言っています。
女性は、多分猿人だった時代から、男性(オス)に選ばれることが人生最大の目的だったんだと思うんです。つまり、「選択」するほうではなくて、「選択される」側としてのスペックを、数百万年という長い時間をかけて身につけてきたわけです。その最たるものが、化粧などに代表される「偽装」または「嘘」。
鳥で言えば、進化の過程で手に入れた、美しい羽のようなものです。でも、羽も目立ちすぎれば敵に狙われる。そんなリスクを背負いながらも、華美な羽で空を舞うことを恐れない鳥のようなものじゃないでしょうか、人間の女性も。
女性の化粧を「偽装」であり「嘘」だと言い切るところが潔くて、いかにもこの人らしい。女性であるにもかかわらず、女性特有のエゴや見栄、妬みや嫉み、諸々の「偽装」や「嘘」で固めた虚像を晒して、女性(メス)の本性を暴いてみせるのが真梨幸子の小説です。
この小説には、売れっ子作家の三芳珠美と売れない作家・根岸桜子を始めとして、次々に怪しい女が登場します。彼女たちにはそれぞれに、心底嫌いで、目障りで、死んでも負けたくないと思う、女性なら誰もが心の中で飼っている〈あの女〉がいます。
〈あの女〉への嫉妬や憧れや競争心といったものは思いの外執拗で、相手をやり込めるためには手段を選びません。男にはちょっと考え難いのですが、時としてそれは「恥も外聞も」なく、容赦のないものへとエスカレートして行きます。
なぜ、女たちはそれほどまでに〈あの女〉に囚われてしまうのでしょうか。まず、幻冬舎の記事からの抜粋ですが、こんな問いがあります。あなたに、思い当たる人はいませんか?
◇ 喋り方ひとつとっても気に障る女性がいる。
◇ 成功すれば浅ましいと思うし、失敗すればざまあみろと思う女性がいる。
◇ 仲は良いが心の底では本当は見下している女性がいる。
◇ 先に結婚されると心がざわつく女性がいる。
「仲は良いが心の底では本当は見下している女性がいる」などというのは、核心をついて鋭いですね。元より男も同様で、全く互いが遜色ない関係などというものはあり得ないと思います。但し、男はそれを承知で付き合いますが、女性の場合はその辺りが微妙です。
いずれにせよ、珠美と桜子の関係は険悪そのものです。20代で流行作家の仲間入りを果たした珠美に対して、働きながら作家を続ける桜子は35歳。安アパートで暮らし、本を出しても初版止まりの桜子ですが、彼女は決して珠美を認めようとはしません。
桜子に言わせると、珠美の文章は子供騙しで構成も粗く、セックスや欲望を刺激的に書けば、みんなが飛びつくと思っているような代物です。大衆は、所詮、低俗なものを好むのだ、と桜子は考えています。
そもそも、本の中身なんかは関係なくて、購買力を刺激するのは、作家自身のプロフィール。若さ、容姿、メディアの露出度、そして特異な経歴。珠美は、それらをすべて持っている。「だから、あんなくだらない小説でも高層マンションに住める身分になったのよ」
とまあ、こんな具合です。そして、「三芳珠美なんか、いなくなればいい」と、常日頃から思っているわけです。
そんな折、桜子の秘めたる願いが現実のものとなる事故が発生します。珠美がマンションから転落して病院に運ばれ、植物状態になります。すると、担当編集者の西岡は書けなくなった珠美から桜子に乗換え、一躍彼女は流行作家への道を歩み出すことになります。
・・・、これだけなら、どこかで読んだようなよくある話。ここから先の展開こそが、真梨幸子の真骨頂と言うべき領域です。珠美と桜子の確執は物語の大きな柱ですが、真にオドロしいのは、その柱に隠れて「脇を固めている」女性たちです。
あの稀代の殺人者「阿部定」が犯行当時名乗っていたという偽名「田中加代」と同姓同名の老婦人には、特に注意してください。担当編集者の西岡には妻がおり、娘がいます。この2人の女性も気にかけておいてください。最後に、これは男性ですが、当の西岡。こいつが、ややこしい男です。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆真梨 幸子
1964年宮崎県生まれ。
多摩芸術学園映画科(現、多摩芸術大学映像演劇学科)卒業。
作品 「孤虫症」「えんじ色心中」「殺人鬼フジコの衝動」「深く深く、砂に埋めて」「女ともだち」「鸚鵡楼の惨劇」「人生相談」「お引っ越し」他多数
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