『薬指の標本』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『薬指の標本』小川 洋子 新潮文庫 2021年11月10日31刷

薬指の標本(新潮文庫)

楽譜に書かれた音、愛鳥の骨、火傷の傷跡・・・・・・・。人々が思い出の品々を持ち込む 標本室で働いているわたしは、ある日標本技術士に素敵な靴をプレゼントされた。毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね 靴はあまりにも足にぴったりで、そしてわたしは・・・・・・・。奇妙な、そしてあまりにもひそやかなふたりの愛。恋愛の痛みと恍惚を透明感漂う文章で描いた珠玉の二篇。(新潮文庫)

[目次]
薬指の標本
六角形の小部屋

この人の小説を読むといつも思うのですが、読書中に感じるあの不思議な感覚は、一体何なのでしょう。およそこの世のものとは思えない物語のあらましに、しかしそれでものめり込んでしまうのは、小川洋子の文章のどこにその秘密があるのでしょう。

透明で乾いた彼女の文章は、時に狂気を孕み、時に、思いのほかエロティックにも。但し、(何があろうと) 過ぎるということがありません。慎み深く密やかに、思いはそっと差し出されるのでした。

標本室の経営者であり標本技術士でもある弟子丸氏を慕うわたしの恋情は、明らかに常軌を逸しています。それを異常というのなら、そもそも弟子丸氏自身がそうでした。

事は、氏の思惑通りに進んでいきます。すべては - プレゼントとして氏からわたしに贈られた - 靴のせいでした。

氏の言いつけ通り、わたしは毎日その靴をはき続け、やがて靴はまるで生まれた時からわたしの足にくっついているみたいに見えるようになります。

靴が、足を侵し始めているのでした。そして靴の侵食は氏の侵食と繋がっています。靴を脱がないかぎり、氏からは逃げられません。絶対に自由になれないと言われ、わたしは、それでも靴を脱ごうとしません。

自由になんてなりたくないんです。この靴をはいたまま、標本室で、彼に封じ込められていたいんです」 と。

ために、わたしはわたしの薬指を差し出そうとしています。標本にしてもらおうと、思っています。

この本を読んでみてください係数 85/100

薬指の標本(新潮文庫)

◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「沈黙博物館」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ブラフマンの埋葬」「ミーナの行進」他多数

関連記事

『バック・ステージ』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『バック・ステージ』芦沢 央 角川文庫 2019年9月25日初版 バック・ステージ (角川文

記事を読む

『鯖』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『鯖』赤松 利市 徳間書店 2018年7月31日初刷 鯖 (文芸書) 読めば、地獄。狂気

記事を読む

『夕映え天使』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『夕映え天使』浅田 次郎 新潮文庫 2021年12月25日20刷 泣かせの浅田次郎

記事を読む

『金魚姫』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『金魚姫』荻原 浩 角川文庫 2018年6月25日初版 金魚姫 (角川文庫) 金魚の歴史は、

記事を読む

『ホテル・アイリス』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ホテル・アイリス』小川 洋子 幻冬舎文庫 1998年8月25日初版 ホテル・アイリス (幻冬舎文

記事を読む

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版第1刷 新装版 人殺し

記事を読む

『ロコモーション』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『ロコモーション』朝倉 かすみ 光文社文庫 2012年1月20日第一刷 ロコモーション (光文

記事を読む

『きよしこ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きよしこ』重松 清 新潮文庫 2021年3月5日39刷 きよしこ(新潮文庫) 少年は

記事を読む

『variety[ヴァラエティ]』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『variety[ヴァラエティ]』奥田 英朗 講談社 2016年9月20日第一刷 ヴァラエティ

記事を読む

『黒冷水』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『黒冷水』羽田 圭介 河出文庫 2005年11月20日初版 黒冷水 (河出文庫) &nb

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『死者の奢り・飼育』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『死者の奢り・飼育』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月25日8

『メタボラ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『メタボラ』桐野 夏生 文春文庫 2023年3月10日新装版第1刷

『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑