『悪い夏』(染井為人)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『悪い夏』(染井為人), 作家別(さ行), 書評(わ行), 染井為人
『悪い夏』染井 為人 角川文庫 2022年1月5日8版発行
クズとワルしか出てこない。最低にして最高。鬼畜ノワールサスペンス!
26歳の守は生活保護受給者のもとを回るケースワーカー。同僚が生活保護の打ち切りをチラつかせ、ケースの女性に肉体関係を迫っていると知った守は、真相を確かめようと女性の家を訪ねる。しかし、その出会いをきっかけに普通の世界から足を踏み外して - 。生活保護を不正受給する小悪党、貧困にあえぐシングルマザー、東京進出を目論む地方ヤクザ。加速する負の連鎖が、守を凄絶な悲劇へ叩き堕とす! 第37回横溝ミステリ大賞優秀賞受賞作。(角川文庫)
明るく平和なだけの小説はつまらない。これはその真逆の話です。登場する面々は誰もが自分ありきで、自分の都合以外は考えようともしません。他人(ひと)の不幸に徹底的につけ込んで、手加減するということがありません。
つまるところ、人は本音と本性と本能で生きている、ということが実によくわかります。そうではないと思う人までが、裏を返せば、似た人間であるのに気づきます。
千葉県の北西部に位置する船岡市は、人口三十万人の中規模の地方都市である。現在は典型的なベッドタウンだ。いうなれば田舎の都会といったところである。そしてその中途半端さが、種々雑多な人間を寄せ集める。
守が船岡ではなく隣町に住んでいるのは単純に仕事場と距離をとりたいからだった。むろん、精神衛生面を考慮してのことだ。
高架下を抜けて大通りに出ると、その道路に隣接して建てられた真新しい市役所の庁舎が遠くに望めた。
初老の警備員と挨拶を交わして入り口玄関をくぐり、階段で四階を目指した。この建物の四階フロアに社会福祉事務所が入っており、その中の生活福祉課・保護担当課に守は籍を置いている。
配属されたのは一年前なのでチームの中で守は末端のポジションだ。ちなみにその前は産業観光課という極めて牧歌的な部署にいた。異動が決まった際、それまでの上司から 「三年の我慢だ」 と送り出された。新しい上司にも 「三年の我慢だ」 と迎えられた。
生活福祉課はそういうところだった。そして噂に違わぬ我慢の日々を送っている。今はただ三年の月日が少しでも早く流れてもらうことを祈るばかりだ。(P7.8 より抜粋)
事の背景にあったのは、一方的に増加する生活保護受給者の受給実態でした。
それが適正に申請され、正しく判断された正当な受給であったとしたら、何ら問題はありません。受給停止の場合も同様で、収入の目処が立ち、生活の再建が可能となれば、その時点において生活保護の打ち切りは当然のことであるわけです。
ところが、現実はそうはいきません。労せずして生活保護を受けようと企む人間は、あるいは、如何なる手段をもってしても生活保護の打ち切りを阻止したいと企む人間は、平気で嘘をつきます。
ケースワーカーに対して殊更に自分の窮状を訴え、時に、このまま放置して殺すつもりかと恫喝し、嘘の涙を流します。受給者となる上手い方法があると言われれば、ほいほいと、ヤクザの甘い言葉に乗ることがあります。
結果、新規の申請は増え続け、一方、既得権者に対する受給停止の督促は何かと理由を付けられて、やむなく先延ばしせざるを得なくなります。
半ば自業自得ではあったのですが、最初罠にかけられたのは守の7年先輩のケースワーカー、高野洋司でした。高野は33歳、既に結婚しています。高野はシングルマザーのケース (生活保護の対象者) と懇ろになり、虚偽の申請で受給額を増額し、自分の小遣いにしていたのでした。ヤクザの金本は、そんな高野を容赦しません。
ワルは、高野や金本でした。ケースワーカーとしての守は真面目で実直で、誠意をもって業務にあたる職員でした。(高野のように) 手を抜きません。あれこれ条件を付け、ケースと淫らな関係になるなどというのはもっての外のことでした。
そんな守が、高野に続き、底が見えない地獄に堕ちることになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆染井 為人
1983年千葉県生まれ。
作品 2017年、本作で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し、デビュー。他に「正義の申し子」「震える天秤」「正体」等
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