『人面瘡探偵』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『人面瘡探偵』中山 七里 小学館文庫 2022年2月9日初版第1刷

天才。5ページ読めば、もう面白い。

相続鑑定士・三津木六兵の肩には人面瘡が寄生している。頭脳明晰な彼を六兵は 「ジンさん」 と呼び、頼れる友人としていた。ある日、六兵は信州の山林王、本城家の財産分割協議に向かう。相続人は尊大な態度の武一郎、享楽主義者の孝次、本城家の良心・悦三、離婚し息子と共に戻ってきた沙夜子の四人。家父長制が残る家で協議はなかなか進まない。ある晩、蔵が火事に遭い、武一郎夫婦の死体が見つかる。さらに孝次は水車小屋で不可解な死を遂げ・・・・・・・。ジンさんは言う。「俺の趣味にぴったりだ。好きなんだよ、こういう横溝的展開」 骨肉の遺産争いに隠された真相とは!? (小学館文庫)

おそらく多くの人がすぐに気付くと思います。この小説の舞台設定や作中で実行される殺害方法の一々が、実は、映画やTVでもお馴染みの横溝正史の代表作 『獄門島』 や 『八つ墓村』 や 『犬神家の一族』 等の状況に限りなく寄せて書いたパロディなんだと。

「横溝的展開」 ではありますが、『人面瘡探偵』 の話の作りは基本コメディで、心底怖い話が好きな方にはお勧めできません。パロディで、コメディで、「確信的」 にふざけています。そんな話が大好きなあなたにこそ読んでほしいと思う一冊です。

話はざっとこんな感じで進行します。

信州の山林王、本城家の当主・本城蔵之助が亡くなったことから、遺産分割協議のため派遣されたのが、相続鑑定士の三津木六兵でした。

当主亡き今、繁栄を極めた事業はことごとく衰退し、遺された山林は当初、二束三文の価値しかないものと思われていました。ところが、調査の結果、本城家所有の山々には莫大な地下資源が眠っている可能性があることが判明します。

それまでは面倒事を押し付け合うような態度でいた相続人たる兄弟たちは、途端に目の色を変えます。思いがけず降って湧いた幸運に、あからさまに態度を変えたのでした。

そんな事の後 -

ほどなくして蔵の火事で長男・武一郎夫婦が、続いて水車小屋で次男・孝次がと、続けて相続人が不審な死を遂げます。果たしてこれは、遺産を独り占めしようと目論む何者かの仕業なのか? それとも・・・・・・・

- といった具合に展開し、そこに -

横溝作品に決まって登場する名探偵といえば、言わずと知れた金田一耕助その人です。ではこの小説において金田一耕助に代わる名探偵とは、一体誰のことなんでしょう?

残念ながら、相続鑑定士・三津木六兵ではありません。彼は人が好く、人の心の裏の裏まで見通すことができません。犯行に至る経過を詳細に吟味し、正しく犯人を導き出すという能力にいささか不安な点が見受けられます。

その代わりに登場するのが 「人面瘡」 です。「そろそろ出番か」 となった時、それは三津木の肩口に、「待ってました」 とばかりに現れ出ます。

独りごちた時、右肩がむずむずし始めた。

三津木は着ていたシャツのボタンを緩め、右肩を露出させる。現れたのは大小三つの裂け目を持つ瘤だった。

いきなり裂け目が開き、二つの目と長い口の顔になった。
何、愚痴ってるんだ。この役立たず
肩にできた顔は三津木をにやにやと詰った。(本文より)

三津木は肩にできた人面瘡を 「ジンさん」 と呼び、ジンさんはその頼りなさゆえに、三津木をいかにも見下げたように、名前を逆さにし、「ヒョーロク」 と呼んでいます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「護られなかった者たちへ」他多数

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