『欺す衆生』(月村了衛)_書評という名の読書感想文

『欺す衆生』月村 了衛 新潮文庫 2022年3月1日発行

詐欺の天才が闇の帝王に成り上がる - 傑作保証 山田風太郎賞受賞の犯罪巨編

戦後最大の詐欺集団、横田商事。その崩壊を目撃した隠岐隆は同じく元社員の因幡充に勧誘され、嫌々ながら再び悪事に手を染める。次第に才能を開花させる隠岐。さらには二人の成功を嗅ぎつけ、経済ヤクザの蒲生までもが加わってきた。口舌で大金を奪い取ることに憑かれた男たち。原野商法から海外ファンドにまで沸騰してゆく遊戯の果てに見えるのは光明か地獄か - 。(新潮文庫)

この物語は、昔実際にあった 「豊田商事事件」 をベースにしています。世間を大いに騒がせた、その顛末をあなたはご存じだろうか?

豊田商事事件は、1980年代前半に発生した、豊田商事による金の地金を用いた悪徳商法 (現物まがい商法) を手口とする組織的詐欺事件である。
高齢者を中心に全国で数万人が被害に遭い、被害総額は2000億円近くと見積もられている。当時、詐欺事件としては最大の被害額である。強引な勧誘によって契約させられた挙句に老後の蓄えを失った被害者も多い。(Wikipediaより)

衝撃的だったのは、この詐欺事件が社会問題化したさなかの1985年6月18日、豊田商事会長の永野一男が、事件を取材中のマスコミの目前で殺害されるという、前代未聞の出来事が発生したことでした。

TVニュースで流れるリアルな現場の状況を、食い入るように観ていたのを覚えています。永野が潜伏していた自宅マンションでのことでした。

この小説では、永野会長を 〈野川会長〉 と、豊田商事を 〈横田商事〉 と名を変えてあります。野川会長が殺害された現場にたまたま居合わせたのが、当時横田商事の新入社員だった隠岐隆でした。隠岐は、その後の長い間、自分が現場に居合わせたのは、単に不幸な偶然だったと思っています。

隠岐が横田商事の社員になったのは、妻と娘の二人を養うための致し方のない選択でした。会社ぐるみでしていることが “詐欺” であるのを十分に承知していました。自分は人を欺 (だま) しているのだと、常に怯えを抱いていました。

横田商事解散後、隠岐は小さな事務用品メーカーに再就職し、営業マンとして働いていました。声をかけられたのは - 成果の上がらぬ日々に悶々とはするものの、二度と人を欺すような仕事はすまい - そう誓い、外回りしている町中でのことでした。声の主は、隠岐が最も警戒し出会いたくなかった横田商事の元社員で、総務にいた因幡充でした。

隠岐は因幡と出会い、その強引な誘いに抗しきれずに、結果、再び悪事に手を染めることになります。そしてそれは、(詐欺師としての) 隠岐のその後の人生を決定付けるものになります。

因幡との最初の共同詐欺である原野商法で、初めて顧客との契約が成功した後、隠岐と因幡はビールを飲みながら語らう。そこで隠岐は述懐する。心が痛まなかったと。対して因幡はこう指摘する。

君は正しく人間だよ。誰よりもね

そして因幡は、隠岐が騙すことを心から楽しんでいた、快感だったと畳みかける。これに隠岐は言葉を返せない。

真に恐ろしいのは、この快感が大仰なものではなく、本当にちょっとしたものであることだ。これにより、主人公の行動原理を決定づける闇は、おぞましいまでの普遍性を具備する。なせなら、「自分のやった行動が成功するのは、倫理的判断はさておき心地いい」 は、「小説の主人公の行為が成功するのは、それが反倫理的な内容であっても、楽しい」 という、物語を味わう上ではごく一般的な快感と、極めて近いからだ。

我々人間は普遍的に、隠岐と同じような闇を抱えているのかもしれない。その疑いが首をもたげたとき、本書で描かれた全ての事象は、虚構/現実の壁を破って、我々読者に深く鋭く突き刺さる。

横田商事=豊田商事は、人間の 「まとも」 それ自体に闇が内在する事実を、掘り起こしてしまったのではないか。物語はこの点に関して黙して語らないが、読めば読むほどそう思えてならない。(解説より)

※隠岐が考えた詐欺は、最終的に地球規模にまで膨らんでいきます。大使館員を巻き込み、大物政治家を巻き込んで、ヤクザ組織の幹部とも対等に渡り合います。下調べを怠らず、根回しは十分に、決して相手に隙を見せません。隠岐は地方の国立大学を出ています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆月村 了衛
1963年大阪府生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。

作品 「機龍警察」「機龍警察 自爆条項」「コルトM1851残月」「土漠の花」他多数

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