『竜血の山』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文
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『竜血の山』(岩井圭也), 作家別(あ行), 岩井圭也, 書評(ら行)
『竜血の山』岩井 圭也 中央公論社 2022年1月25日初版発行
北の鉱山に刻まれた痛哭のクロニクル - この美しい毒は、なぜこの世に存在するのか。
水銀、この美しい毒に囚われた二人の青年の数奇な運命 - 昭和13年、鉱山技師の那須野寿一は、北海道東部の山奥で、巨大な水銀鉱床と地図にない集落を発見する。〈フレシラ〉 という名のその集落には、ある秘密を抱えた一族が暮らしていた--。フレシラの鉱夫となった一族の青年アシヤ。寿一の息子で、水銀に魅せられた源一。太平洋戦争、朝鮮戦争特需、水俣病の公害問題・・・・・・・昭和の動乱に翻弄された二人の青年の、数奇で壮絶な生き様を描く! (中央公論社)
第一章 赤い岩 〈フレシラ〉 - 昭和13年
水銀は金銀の精錬用、鍍金用、寒暖計、気圧計等の理化学機械器具、電気機械、アマルガム(合金)、水銀燈の製造用から朱墨、朱肉、昇汞、甘汞、水銀軟膏、水銀剤等に至るまで日常の用途も頗る広いが雷管の雷薬、起爆剤或いは諸兵器の技術的装置に欠くべからざる重要軍需品なのだ、従って近年我国の消費も急速に増大しているのだが御多聞に洩れず国内生産は増産されたとは言えなお僅少に過ぎず、大部分を海外 (スペイン、イタリア) に仰いでいる状態にある (昭和十三年十月十日)
正体不明の石が発見されたのは、まさにそんな頃のことでした。
北海道。道東にある人口三千の町、辺気沼に近い山麓。そこで発見された正体不明の石は、赤黒い、血のような色をしています。鏨を打てば脆く削れるその塊に、鉱山技師である那須野寿一は、ひと目でそれが辰砂(しんしゃ)- 硫化水銀の塊であると見抜きます。
五月。寿一は自ら班長となり、調査班を編成して現地調査に乗り出した。営林署の協力も取り付けた。辺気沼の駅逓所で寝泊まりし、森林軌道で山の麓に通った。
馬曳き道には大量の辰砂が転がっていた。岩肌が削れて生じたものらしい。寿一は興奮した。
「見ろ、見ろ」
班員が、木々の合間に銀色に光る水溜まりを見つけた。駆け寄れば、それは地下から湧き出た自然水銀の水溜まりであった。自然水銀が採れる鉱山は、日本国内では例がない。ましてや、泉のように湧き出てくるなどあり得ないことだった。山道を見渡せば、赤黒い石が数えきれないほど転がっている。普通の鉱山なら、これだけの辰砂を掘り出すためにどれだけの人手がかかることか。
- この山には、竜が眠っている。
辰砂は古くから竜血と呼ばれてきた。寿一の直感が正しければ、この地からは途方もない量の水銀が、竜の血が産出できるはずである。(本文より)
「みずかねを奪いに来たのか」
老爺は声を震わせ、吊り上がった両目で寿一を睨みつけながら、そう言ったのでした。
実は、寿一は巨大な水銀鉱床の他にもう一つ、それに関わる重大な発見をします。まさかそんな山奥にあるはずのない集落を発見し、ある特殊な能力を持つ一族に出会うのでした。社会と隔絶し、地図にない集落で暮らし、水銀を 〈みずかね〉 と、自らを 〈水飲み〉 と呼ぶ人々でした。
驚くべきは、彼ら全員が水銀に対し、全き耐性を備えていることでした。水銀は言わずと知れた猛毒で、蒸気を吸い込めば立ちどころに病んでしまいます。ところが、集落で暮らす全員が水銀を含む蒸気への耐性を持ち、そればかりか水銀そのものをあたかも水を飲むように飲み下してしまうのでした。
その特異な体質に着目した寿一の誘いがもとで、彼らはフレシラの鉱夫となって働くことになります。まずは三名 - 事の交渉に当たった薊多蔓(アザミ・タツル)、タツルの長男・十草(トクサ)、そしてこの物語の主人公・榊芦弥(サカキ・アシヤ)- が先陣を切ります。
※物語にはアシヤの他にもう一人、欠くべからざる人物が登場します。寿一の息子、源一です。彼もまた “水銀に魅せられた” 人でした。北海道大学を卒業し、父・寿一と同様に、源一はフレシラで働くことを決め、運命のように、やがてアシヤと出会うことになります。
注:アシヤをはじめ一族は、昔からその山を 〈フレシラ〉 と呼んでいました。山はアイヌ語で 〈赤い岩〉 を意味します。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆岩井 圭也
1987年大阪府生まれ。
北海道大学大学院農学院修了。
作品 「永遠についての証明」「夏の陰」「プリズン・ドクター」「文身」「水よ踊れ」「この夜が明ければ」等
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