『蟻の棲み家』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『蟻の棲み家』望月 諒子 新潮文庫 2021年11月1日発行

誰にも愛されない女がふたり、殺害された・・・・・・・

東京都中野区で、若い女性の遺体が相次いで発見された。二人とも射殺だった。フリーの事件記者の木部美智子は、かねてから追っていた企業恐喝事件と、この連続殺人事件の間に意外なつながりがあることに気がつく。やがて、第三の殺人を予告する脅迫状が届き、事件は大きく動き出す・・・・・・・。貧困の連鎖と崩壊した家族、目をそむけたくなる社会の暗部を、周到な仕掛けでえぐり出す傑作ノワール。(新潮文庫)

貧困の連鎖と崩壊した家族 - 犯人と目された三人は言うまでもなく、射殺された二人の若い女性までもが。それぞれ事情は異なるものの、彼らの家族は、家族としての体を成していません。それは親のせいであったり、当人の自堕落さの結果であったりします。

長谷川翼は外見のいい慶応大学の学生でした。明るく謙虚で、金払いがよく、人の話をよく聞き、社会的活動にも積極的な、誰もが思う好青年でした。

野川愛里は嫌われ者でした。しかし臆するところがない女性でもありました。その頃の彼女は出会い系の掲示板、風俗の客、道行く男と、手当たり次第片っ端から声をかける十七歳の高校生でした。

吉沢末男は、1991年、東京都・板橋の一角に生まれました。この町で暮らすシングルマザーのもとに生まれた末男は、育児放棄に近い境遇にもめげず、七歳離れた妹の面倒を見ながら学校に通います。家族の暮らしは、母親が家に連れ込んだ男たちが置いていく一万円札が唯一の収入源でした。

三人はやがて知り合うことになります。時を同じくして、ある殺人事件が発生します。中野区東中野で二人の若い女性が相次いで射殺されるという事件でした。被害者は二十七歳の風俗嬢・森村由南と出会い系掲示板で客をさがす二十二歳のフリーの売春婦・座間聖羅。共に幼い子を持つ母親でした。

翼、愛里、末男の三人と若い女性の連続射殺事件を結び付けたのは、フリーの事件記者の木部美智子でした。彼女が追っていたある企業の、奇妙な恐喝事件がその発端でした。

雑誌、新聞は三人の生い立ちから生活までを洗いざらい載せた。
浜口が仕事を受けているキー局のプロデューサーは、それに物語を被せた。

- 売春業の母親に育てられ、父親がわからない男は、幼い時から母親が部屋に男を連れ込むたびに外に追い出された。子供の時から万引、窃盗、強盗と繰り返し、男を支えようとする人々の恩をことごとく仇で返した。その借金は一千万円以上と言われる。暗い目をした神経質な男。執念深く、感情を内に溜め込む性情を持ち、ヘビのように心が冷たい。

医師を両親に持ち、中高一貫校を経て有名私立大学で学ぶ二十二歳の長谷川翼は恵まれた自分の境遇から、恵まれない少女たちに興味を持ち、彼女たちに教育の機会を与えようと活動していた。そこには少女売春の現実が広がっていた。彼はマンションを困った少女たちに提供し、そこはアジトと化した。救いの手を差し伸べようとして踏み込みすぎた青年はその闇に呑まれていく。

野川愛里は男を痴漢呼ばわりして金を巻き上げる、道義心というものが欠けた存在で、出会い系掲示板で客を探す売春婦だ。誘拐されたと狂言をうち、それでも相手にされず、やがて男に利用されつくす。彼女は殴られても蹴られてもアジトに居つづけた。

懸命に生きるシングルマザーたちを クソと言い放ち、まるで野良猫でも処分するように殺していった三人は、残忍な化け物なのか社会の申し子なのか - 。
プロデューサーは、すばらしいじゃないか、まるで映画か何かの予告のようだと呟いた。(本文より)

※親は子を選べず、子は親を選べない - を地で行くような小説です。両親が揃って優秀で、裕福な家庭で育ったからといって、必ずしもまともな人間になるとは限りません。ましてや、母親だけが頼りの生活で、その母親に顧みられないとしたら。学がなく貧困で、男に見境がないとしたら・・・・・・・、子どもはいったいどうすればよいのでしょう?

この本を読んでみてください係数  85/100

◆望月 諒子
1959年愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。

作品 「神の手」(電子書籍)「大絵画展」「腐葉土」「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」「ソマリアの海賊」「哄う北斎」他多数

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